捌/
「―――かは…っ!」
ごぼ、と空気が口から出てゆく。
もうぎりぎりだ、これ以上は持たない。
(苦しい)
どうして、こうなったのだっけ。
「初めましてやね、少年」
水の上に現れた聖霊は、しかし全く水に濡れた様子はなく。
「…はじめ、まして…」
「あー、そげん怖がらんでも良かよー?危害加えるつもりば無かってん…今のところは」
意味深な事を言うと、聖霊は真っ直ぐに此方へ、水の上を歩いてきた。
数歩離れた距離(相変わらず彼は水の上)で、ぴたりと止まる。
そして、口を開いた。
「少年は何の目的でここに来たん?」
目的。
僕自身には目的はあった。
只、此処に着た目的というのは全くと言っていいほど分からない。
そもそも此処がその『目的の地』であるかということさえ、知らされてはいない。
「修行…霊力を上げるためだと言ってた。鹿目っていう聖霊に連れてこられたんだよ」
鹿目、という言葉に少しばかり反応を示す。
かといって別段驚いた様子もなく、しかし納得したようでもなく。
「ふぅん…そう。うん…じゃあ残念やけど、」
それまで浮かべていた笑みをすっと顔から消して。
それに呼応するように、さっ、と流れの止まる滝。
「死んでもらわないけんね」
一瞬で間を詰められ、景色が反転。
何が起こったのか分からぬまま、水の中に引きずり込まれた。
(死ぬのかな)
どんどん水を透けて見えていた光が遠ざかる。
ずいぶん前からずっと空気が足りていなくて、すごく苦しい。
そして、『死』という事を考えた瞬間にやはり浮かぶのは。
(最後に、比菜と話がしたかったな…)
―――比菜。
唐突に意識が明瞭になる。
そうだ、僕はこんなところで死ぬわけにはいかないんだ。
たとえ僕の命と引き替えにしてでも、比菜を。
(駄目だ駄目だ)
此処から出なくちゃいけない。
此処で溺れ死ぬわけにはいかないんだ。
比菜を、助けなきゃ。
「……ッ!」
轟音と共に突然の浮遊感。
渦巻く水に巻き込まれ。
「おう、お帰り、少年」
気付いたら、滝壺の外にずぶ濡れで座っていた。
040720.
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漆
玖