漆/
「良いな?聖霊を呼び出すのには基本的に言霊が必要なのだ。
それはちゃんと型があってそれをきちんと詠唱しないと効果は出ない。
まぁ僕は人間じゃないから本当のところは分からないのだけどな」
略式の呪もあるが、それは高度過ぎるのだそうだ。
先程から精霊や術のことなど、色々と説明されながら歩いていた。
その間にもどんどん渓谷の脇の道を進んでいく。
もちろんそこには道と呼べるようなものは無いし、目印さえもついていなかった。
がさがさと、何度も草をかき分ける。
「で、聖霊を呼び出して使役するには契約が必要なわけなのだけど…」
ちらりと一瞬だけ足は止めずに、僕の方に視線だけをやって。
「お前みたいな力の基礎も分かってない奴に近づいてくる酔狂な奴なんて居ないだろうから、」
「な、何だよそれ」
「偉そうな口利くな、僕が契約してやると言ってるのだ。喜べ」
「…!」
そういって聖霊はにやりと笑った。
「遅いなぁ…」
此処で待ってろ、と言われて半刻は経ったんじゃないかと思う。
聖霊はあの後渓谷の脇から逸れて、小さな滝壺に辿り着いた。
そして話も途中のまま、一言だけ残して何処かに行ってしまった。
そこでずっと待っている、というわけだ。
ざぁぁ、と水の流れ落ちる音だけが辺りに響いている。
滝の所為なのか、随分と空気が澄んでいて、普通の空気とは違う感じだった。
「待っていれば…良いんだよね」
自分に確かめるようにぽつりと漏らす。
歩き疲れた足を休めようと、滝壺の周りの岩に腰かけた。
もう少し足を伸ばせば水に浸かりそうだ。
それを確認して、静かに足を入れる。
「冷たーっ」
思ったより冷たくはなく、少しだけぴりりとはしたが、気持ちよかった。
と、
『見かけない顔やね?』
「…ッ!?」
突然、頭に直接声が響いた。
ばしゃりと音を立てて勢いよく水から足を引きあげる。
だが周りには人は愚か、動物の気配さえもない。
「誰…」
『あぁ驚かしてごめんな?人間が来るのなんて久しぶりやけん』
今度は普通に声が聞こえた。
音が途切れて、気付いた。
鹿目さんが現れたように、今度は水が渦を巻き始めている。
ぱんっ、と水が弾け飛んで。
まさか。
「はじめましてやね少年」
水の上に、聖霊が一人現れた。
040629.
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