陸/



「聖霊を呼ぶのには、一応言霊が必要なんだ」
「動くなYo、其処」
 司馬さんが、手を指先だけ合わせる形にして胸元に持っていく。
そうするとさっきまでとても強かった風が、嘘のように静まりかえった。
 窓から見える木々もピタリと動きを止める。
 静かに司馬さんの言霊が流れ出した。
「我が名は蒼馬。契約の元、聖霊風鹿を召還する」
 唱え終えた瞬間、何もない空間に突如僕にも見えるほどの風が集まり渦を巻きだした。
 これを風の軌道というのだそうで、聖霊を呼ばずに見える人間というのはとても貴重らしい。
 そして、見える者の殆どは術師になる。

 渦が圧縮されたようになった後、パンッと風が弾きとび、ソレは現れた。













































「何なのだ…御丁寧に正式な呪で呼ぶモノだから誰かと思ったのに…期待はずれなのだ」













































「これが…聖霊…?」
 風が晴れて現れた聖霊は、桃色の髪を持ったおよそ聖霊とは思えないような容姿をしていた。
 おもわず思ったままを口に出してしまう。
「なッ、貴様この僕に向かってそんな口を利くとは良い度胸してるのだ…!童などに手加減はしないのだ!」
 一蹴りで、彼の顔が目の前に。
左手を右腕に添え、その右腕をまっすぐに僕の方に伸ばしてきた。
突然、荒れ狂った風が部屋の中で発生する。
 頬が切れる感触。
「…ッ」
 更に攻撃を加えようとして―――それは外野の声によって制止させられた。
「鹿目サン!素人相手Ni何ムキになってンすKa!」
「むぅ…虎鉄も来てたのか。なら仕方ないのだ…」
 聖霊が虎鉄と呼ばれた紅い瞳の人を見た瞬間、風が収まった。
 正確には収まった訳じゃなく、今も風が頬を撫でているが、先程のように切れるような鋭さは無くなっただけだったけれど。
 そしてそれを待っていたかのように別の声がかかる。
「彼は僕と契約した聖霊で、風鹿と言う名称がついているんだ」
 根は悪い子じゃないから、と司馬さんが笑顔で言った。
 …名称?
 僕の疑問が分かったのか、虎鉄さんが言葉を継いで説明をしてくれた。
「聖霊にはちゃんと名前があるんだGa、それを例え知っていてMo契約者は呼んじゃいけないという掟があRu。
 逆に契約者以外Mo、主と聖霊が契約した名前を呼んではいけないのSa」
 もしその掟を破れば、契約は解消されもう二度とその聖霊とは契約を結ぶことが出来ないのだという。
「契約ってのは魂の預け合いDa。二度目があっちゃいけないってコトだYo」
 ちなみに名前は鹿目ね、と付け足されて言葉が終わった。
 いまいちその重要さがよく分からなかったけれど。
「…で、僕は何をすれば良いのだ?」
 先程から焦れったそうにしていた鹿目さんは、イライラを隠さずに口を開いた。
「そうだな…比乃に色々と教えてあげて欲しいな」
「色々?」
 反芻して、怪訝そうな顔になる。
「掟とか契約のコトとかNa。後は力についてなDo」
「ま…まさか…コイツは全くの素人なのか?何も?全く知らないのか?」
 ぎょっとした顔になった後、虎鉄さんの返事を聞いて、今度は呆れた顔をした。
「まったく…お前達の気がしれないのだ。確かに忙しいのだろうが、 掟も知らないようなやつと聖霊を一緒に居させようなんて…」
「まー宜しく頼んますYo!オレもお呼ばれされてるんDe」
 言うが早いか、虎鉄さんは窓を通って外へ出ていった。
 一応言っておくと窓の下は断崖絶壁だ。
「じゃあ僕も…そろそろ時間だから、また。宜しく風鹿」
「了解なのだ」
 此方はちゃんと窓とは反対側の引き戸から出ていった。
 司馬さんをお辞儀をして見送った鹿目さんは、くるりと僕の方に振り返り、
「付いてくるのだ。聖霊に会わせてやる」
 意地悪そうな笑みを浮かべて、笑った。

















040506.
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