伍/
「司馬…もうそれ位にしてくれYo。面倒臭ェ…」
「あ、ご…ごめんね」
司馬さんが喋り終えた途端、すぅと波のように引いていく風の音。
何もなかったように元の静けさが戻る。
紅い瞳の人は、もう戸から手を離していた。
「De、何だっけKe?」
「何が」
「話、血が必要ってとこまでだったKa。その続Ki」
この先の会話は色々あって面倒だから省くけど。曰く。
血が必要だと言っても、それは本当に流血させるような事ではなく、
封印の術者が親族であると封印が解けにくくなるということだそうだ。
比菜の中に住み着いている魔物とやらは、随分と昔に富士自体に封印され、
それから代々護人様がその封印を守り続けているらしい。
で、なんだか知らないけれど比菜は酷く霊媒体質なのだそうで、
生まれたときから体に霊だとか弱い魔物とかが憑いていて、それに体が敏感に反応して体の調子が悪かった。
先の魔物は、先代の時に何らかの影響で封印を自ら解き、霊媒体質だという比菜の体に取り付いたのだという。
「でも…それ、おかしいよ」
「何でだYo」
話を中断されたことが嫌だったのか、彼は不機嫌そうな表情を浮かべた。
でもそんな事には構っていられない。僕は知らなくちゃいけない。
出来るだけ多くの情報を集めて、早く比菜を助けなければならないから。
「比菜が初めてあんな感じになったのは3、4年前の話。でも護人様が代わったというのを聞いたのはつい半月程前だったもん。
時期が合わないよ」
その問いに、彼は至極当然という顔をして返事を返してきた。
「コッチだって事情があんだYo。霊峰富士に相応しいような奴を見付けなくちゃならないんDa、
2年やそこらで見つかる程の術者じゃ困Ru」
そこで一旦話を切って、意味分かるな?と聞かれた。
「町を護って下さっているという護人が居なくなったRa、どうなRu?」
「…町が混乱する」
「噂ってのは早く広まるモンだからNa」
噂が漏れるのを出来るだけ遅らせるために色々やった、と言っていた。
その『色々』の部分はまだ教えてくれないのだとも。
「De、その魔物の封印をするためにHaさっきも言ったが強い霊力が必要Da。霊力を高めるために、
お前にはこの山で修行をしてもらうつもりだかRa」
「え…修行…?」
「っても普通の人間に耐えられるような環境じゃないからNa、此処Ha」
それでもやるんだよな、という言葉を含んだ視線を投げられる。
それで比菜が救えるなら――…。
「良い、やる」
「…じゃあまず聖霊を従える事からだね」
司馬さんが僕の側から立ち上がって、からりと窓を開けた。
外に広がる紅葉の綺麗な山々。
深い渓谷に走る細く鋭い川。
外の景色を眺めながら、司馬さんが口を開く。
「聖霊って知ってる?」
「精霊ぐらい知ってるよ、異国の本に出てくる小さな薄い羽根の生えた」
「そりゃ妖精
だNa」
突然強い風が部屋の中に吹き込んできて声をかき消した。
かろうじて聴き取れた、聞き慣れない単語を繰り返す。
「ふぇありぃ?」
「異国の言葉Da。誤解の無いよう言っておくGa聖霊には羽根は無いZe」
「けれど殆どは『妖精』のように小さい種類だよね」
紅い瞳をした人の言葉に司馬さんが相づちを入れる。
またびゅうと風が吹き込んできた。
「僕の言った『せいれい』は聖なる霊と書いて聖霊。比乃の言っているのとは違うと思うよ」
「…どこが違うの?」
「えっと…基本的には同じだけれど、ちょっと違う。聖霊には霊力がある」
さっきよりも吹き込んでくる風が強い。
髪が風の所為でぼさぼさになる。
けれど司馬さんも紅の瞳の人もあまり気にしていないようで。
「風が…」
「ごめん…もうちょっとね」
申し訳なさそうにそう言って、司馬さんは窓の方に体を向けた。
しかしまたくるりと此方を振り向いて。
「今から聖霊を呼ぶから、よく見ててね」
サァ、と風が鳴いた。
040406.
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肆
陸