拾参/
「先生!!」
扉を開いた瞬間、額に激痛が走った。
「痛い!」
尻餅をついたまま、痛みの残る額を押さえ見上げれば、目の前に見慣れた白衣。
手刀を喰らわせたままの形で御柳は口を開いた。
「当たり前だ馬ァ鹿!どんだけ心配したと思ってンだ!?」
「あ…」
ひくりと喉が引きつる。
怒られた。怒られた。先生に怒られた。
怒った人は、敵だ。僕にとって先生は――敵?
「一ヶ月も連絡無しでいやがって!家行ってももぬけの殻だし精霊使っても見付かりゃしねェ!本当に心配したんだぞ!?」
「……い…」
「あぁ?」
「ご…ごめんな、さ…い…」
言葉を発するほど滲む視界。
なぜ涙が出てくるのか分からないのに、次から次へと涙が溢れて止まらない。
謝ろうとすればする程周りが遠くなって見えなくなる。
泣きたいわけじゃないのに。
「……分かってるよ」
「…?」
少しの間何も言わずに涙を止めようと目を擦り続けていれば、先生は溜息混じりにそう言った。
――何が分かってるんだ。僕の、僕たちの、何を知っているんだ。
分かったなんて、簡単に言わないで欲しい。
「精霊に訊いて見付からないってことは、他の術師の元に居たんだろ」
「…!」
「こんなんでも術師の端くれなんだから、お前に霊力があるのぐらいは分かるさ」
じわり、と霞む視界。
御柳は構わず言葉を続けた。
「比菜が居ないのもその所為か。…俺じゃ抑えるので精一杯だったからな」
小さく呟いた後、先生は僕の目の前にしゃがみ込んで顔を覗き込んできた。
拭われる、涙。
「そんな顔すんなよ」
尚も涙を流し続ければ、先生は少しばかり歪めた顔を正し、逆に笑みを浮かべた。
「おかえり、比乃」
「っ…っ…う…」
「あーあーだから泣くなよー…。ちょっと、録先輩!」
言われて、やっぱり止まらない涙。
止めようとしても止め方が分からない。止められない。
我慢しすぎてたんだね、という言葉を遠くで聞いたのを最後に、意識が沈んだ。
「さっき」
「なんや?」
降り止むどころか一層激しさを増す豪雨の中、子津が唐突に切り出した。
立ち入る人は滅多にいないのか、辛うじて道と言えるような獣道を歩き続ける。
濃い霧と激しい雨の幕、立ち上る水蒸気。
あまり、視界は良くない。
(少し大袈裟すぎやったかな)
「さっき、町でぶつかった子が居たでしょう」
急な勾配をともすれば滑りそうになる中、懸命に足を踏みしめる。
考える余裕など無いのだが、子津が話を切り出すときは大抵重要な話なので、無碍には出来ない。する気も、無い。
布の巻かれた額に手を当て、ようやく思い出した姿の率直な意見を述べた。
「あーなんやようわからんけど可哀想な身形をしっとったなぁ…」
「彼、僕のこと見てたんすよ」
ぴたり、と歩んでいた足が止まる。
「…ふうん?」
「術が掛けられているのに、気付いたんです。かなり強大な霊力を持ってるとみて間違いないでしょう」
念には念をと黒豹は彼自身と子津に、霊力をその範囲内に封じる術を掛けた。
力の質の違う精霊術師が如何に気付きやすいといえども、並の術師に気付かれる程度の術では無い。
そして、此処の御山の近辺で高い霊力を持つ術師ならば。
「少しばかり富士の御山の匂いもしたんす。彼は護人に仕える術師か、或いは――」
子津が向けた視線に、言葉の意図を汲んだ黒豹がその先を継いだ。
「奴を飼ってる可能性がある…ゆうことやな」
奴――この御山に封じられていると伝えられた、目的の物。
「ええ、あの子を監視する方が良いかもしれないっす」
「そうやな…」
じゃり。
言葉を切ると共に歩みを止め、前を見据えた。
「お迎えも来てしもうたみたいやしな」
050320.
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