拾壱/



「おや比乃じゃないか、久しぶりだねぇ」
「お久しぶりです、今日は魚無い?」
「あるよ、生きの良いのが釣れたんだ」
 紙に包んで貰った魚を受け取り、お礼を言って其処を去った。

 一月ぶりに町へ降りた。













































「そろそろ下へ降りたくなってきた頃じゃないんですか?」
「え?」
 いつも通りに滝壺の側で風の精霊の話し声を聞き取ろうとしていたとき。
 滝壺の出来事以来、寝泊まりしている小屋から此処まで来て『精霊の声』を聞き取る事が毎日の修行だった。
精霊の噂話は、聴いていると色々な情報が含まれている上、
情報自体に余計な意志が混ざらず的確な情報が得られるのだそうだ。
 『声』はすぐに聞けた。
毎日聴いていると段々と『声』は明瞭になり、そして風の軌道も読めるようになった。
 まだ霊力が足りなくて聖霊と契約を結ぶことは出来ないけれど。
「一月も周りの方と離れているのは辛くありませんか?」
「…平気、だよ。僕の家族は比菜一人きりだから…」
 比菜は、小屋の側に張られた結界の中で眠らされていた。
時々会わせても貰えた。話もした。
 比菜が側にいるから、僕は寂しくはなかったし、辛くもなかった。
「そう…ですか…。でも、寂しくなったら言って下さいね」
「有難う凪ちゃん…大丈夫だよ」
 彼女は風の聖霊で、僕と契約を結ぶ事を了承してくれた。
僕の霊力が上がり次第すぐに契約をする事になっている。
「あ、でもちょっと降りてみたいかな…医者の人とか心配してるかもだし…」
「医者…何処か悪いのですか?」
「ううん違う。比菜のお医者」
 比菜は結界の中ですっと眠らされているお陰で今は体調もずっと良いし、魔物も出てこない。
けれどそれを知らないあの優しい医者は、凄く心配しているに違いない。
 そう思ったら、会いたくなった。
「でしたら私が鹿目さんに話して来ましょうか?」
「…いいや。だってほら、もうすぐこっちに来るみたいだし」
「え――」
 ゴゥ、と呻る風。
風に巻かれて現れたのは桃色の髪の。
「丁度良いのだ、お前下に降りてこい」
「…良いの?」
「籠もりっぱなしで病まれても困るだけなのだ。町の精霊も見れるしな」













































 そして僕は今、町の市を歩いている。
(どんな顔して会いにいけば良いのかな…)
 医者の住居はいつも通っていたから分かる。一月の間に変わっていなければ、だが。
しかし僕が山で修行をしている間に彼らが自分たちを捜しに来ないはずが無く、
勿論家まで来るだろうから中が空っぽだということぐらい知っているだろう。
 怒られる、だろうか。
(もし怒られたら、)
 もし怒ってきたら、彼らも僕たちの敵だ。
僕たちが居なくなったのはちゃんとした理由があるのだから、怒られる筋合いは無いんだ。
 ドン、と右肩に衝撃を感じ、そこで俯けていた顔を上げる。
 ずっと考え続け、その間ひたすらに脚を動かしていたため、前から来た人にぶつかってしまったということに気付く。
「わ…ご、ごめんなさい…」
(瞳が金…異国の人、かな…?)
 目を引くのは、金の光を内包している瞳。
容姿は違うが、雰囲気的には虎鉄さんに似ていると思う。
 咄嗟に謝ると、その人はにっこりと笑って口を開く。
「こっちかて前見とらんかったんや、ほんまにすんまへんなぁ」
「え…っと京の…人ですか?」
「まぁそっちの方で間違い無いな。ほなもういかんとあかんねん」
「あっ、はい…すみませんでした!」
 特徴的な喋り方。実際に見たことは無いが京人はそういった喋り方をすると聞いた。
 ひらりと手を振りながら人混みに紛れかけた彼を見て、側に浮遊する聖霊を見つけた。
(あの人が使役してるのかな?じゃあ術師だったんだ…?)
 契約の無い聖霊は、普通人里まで降りてこない。
つまり人里で見つける聖霊は殆どが契約済みで、常に側に控えている聖霊なのだ。
 召喚する必要が無いというのは、それだけ早く聖霊の力を使えるということ。
(結構力のある術師なんだ…あんま、感じなかったけど)
 暫く突っ立っていたためか再び人にぶつかってしまい、急いでその場を後にする。

 ふわり

(風?)
 周りを包む風が変化した。
まるで比乃を導くかのように風の精霊が背中を押す。
 その流れは、真っ直ぐ診療所に向かっていた。
「先生…?」
 自然と足が地面を蹴り出す。
 ぐんぐんと近づく見慣れた建物。

 バンッと勢いよく、辿り着いた扉を開いた。

















050102.
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拾弐