壱/
「ねぇ、お山の護人様が代わったって本当?」
喧騒の中で響く子供特有の高音。
辛うじて聞き取れたそれは、今巷で流行っている噂話。
「うん多分。この前の地震が凄かったから、前の護人様は力を使い果たしたんだって」
「そっかぁ」
気持ち沈む声。
視線はつま先に固定されたままだ。
「どうしたの、比菜」
「新しい護人様はやさしい人かなぁ。町、護ってくれるかなぁ」
彼女の目には純粋な疑問の色が浮かんでいる。
他意は無いだろう。
「…護人様はきっと良い人だよ。比菜も護ってくれるよ」
「本当?比菜の事、見ててくれるの?」
「護人様はお山の上にいらっしゃるから何でも見えるの。勿論、比菜も」
町衆の中ではぐれないようにと繋いだ手に僅かに力を込めた。
途端、彼女の顔に笑顔が広がる。
ねぇじゃあ早くお医者様の処へ行こう、と足を早めた比菜に引っ張られるように町を歩いた。
比菜は僕の妹で、僕よりも4つ下だ。
少々背丈は足りないけど健康的な僕と違って、比菜は生まれたときから心臓を患ってきた。
比菜はそれを知らない。
僕の家は町の中では割とお金持ちな方で、だから毎週比菜を連れて医者に行ける。
彼女はそれを疑問に思ったことが無いのか、理由を聞いてくることも、幼い子供のように駄々を捏ねるような事もしなかった。
いつも通っている医者は腕が良くて、だからちょっと高いのだけれど、
いつもは診察だけという事でお金は払わなくて良いことになっている。
もう何年も通っているから、医者とは顔なじみだった。
「今日わ芭唐先生」
「ようおチビ共。風邪引いたりしてねェかー?」
「こんにちは芭唐先生!お兄ちゃんも比菜も元気だよぅ!」
比菜はあまり人見知りをしない方だが、中でも芭唐先生には凄く懐いている。
芭唐先生も本当は子供が苦手だと聞いたことがあって、しかも実際に子供の診察はやっていないのに、比菜と僕には良くしてくれた。
「チビ、早くきな。比乃もそこら辺で適当に。録先輩、お茶」
「先輩に指図すんな!ミヤ生意気!」
此処には何人か医者が居て、芭唐先生と大体一緒に居るのが録先生。
顔を知っているのはその録先生とよく一緒に居る白春先生と、院長さんの屑桐先生。
「比乃は偉い気だよね、いつも妹サンの付き添いに来てて」
待合室の更に奥にある休憩所でいつも比菜を待つ。
コトリと、お茶の入った湯飲みを机に乗せてくれた。
「ううん。もう慣れたから」
「そっか」
お菓子持ってくるから、とその場を離れる録先生を見送り、お茶に手を添える。
丁度良い暖かさに何故か有難味を感じつつ、診察が終わるのを待つ。
本来ならばぼぉっとしてこの時間をやり過ごす筈だった。
「あ゛ぁぁぁあ!殺してやる!死ねェッ殺してやるぅぅぅぅッ!」
腹の底に響くようなおぞましい声が静かだった室内に木霊する。
―――彼女の『病』は心臓だけではなかったのだ。
040402.
ブラウザを閉じてお戻り下さい
零
弐