「海に行きたい」
夏の空、冬の海
「Haァ?海?」
「そう、海」
いつも通りの普通な休日。
猪里は、何気なく雑誌を読みながら唐突にそう一言つぶやいた。
「だって今冬だRo」
「うん、知っとお。だから行くの」
「冬なのNi?」
「冬だから」
そう言って、雑誌を机の上に放り投げて鞄を掴む。
ガサガサと鞄の中身を出して、入れて、そして手を止めた。
「早く、虎鉄も行くんよ」
「E…もしかしなくても今かRa…?」
「うん。当たり前やろ」
当たり前、という言葉に少なからず感動してみたりして。だってそれって俺と、って意味だろ?
そんなコト考えてる間にも猪里は鍵を探しに動き回る。
「何で行くNo」
「虎鉄のバイク。勿論虎鉄が運転手」
渋々立ち上がろうとして、ふと手段はという疑問。
あっさりと返されたその言葉に先程の言葉を思い出す。
「Ge!…まさか猪里チャン、俺はそのためとか言わないよNa?」
「……まさか、」
誤魔化せないほどの沈黙。
ああ、やっぱり。
少しばかり気落ちするも、折角お供に任命されたのならば素直に従おう。
それに、言葉で言うほど沈んでいないというのも事実。
急いで猪里よりも先に外に出て、家まで走る。
此処まで徒歩で来たから、バイクも鍵も家にある。それを取りに戻る。
「浜辺っちゃよ、東京じゃダメ」
「ハイハイ分かってますっTe、お姫様」
多分行き先はあそこしかないんだろうとは思いつつ、ちなみに場所は、と聞いてみた。
「潮の香りー」
「そりゃ海だしNa」
青く透き通った空、打ち寄せる波、遠くまで続く白い砂。
但し季節になれば増える人影も、今は全く無い。
来る方が、変なのかもしれないけれど。
その原因となった人物を見れば、既に此処から離れ波打ち際を歩いている。
「濡れRu」
「子供じゃあるまいし」
大声で話しかければ、そんなヘマはせんよ、と割と大きめな声で返ってきた。
それでもそのヘマとやらをしそうだから、そうなる前に引き戻しに行く。
腕を、掴む。
「だから転ばんって」
「俺が心配なNoー」
海を名残惜しそうに振り返り見る猪里を引きずって、バイクまで戻ろうとする。
ぽつり、と猪里が言葉を漏らす。
「早く夏になって欲しかねぇ」
海を見てそう思ったのか。
先程横を通った小さな球場を思い出してか。
「んでも夏になったらもう野球できないけん、夏は過ぎて欲しくないっちゃね」
腕を掴む手から力を抜く。
するりと離れていった猪里は伸びをしながらまた話し出す。
「でも夏にならんと他校との試合はあまり出来ないし、でも来たらあっという間だし」
「去年は短かったNaー。そういえBa」
「もう今年かーって感じやもんね」
海を見ている背中に近づいていく。
「早いNa」
「早かねぇ」
後ろから覆い被さるように抱きつく。
少しだけ嫌そうな顔をしていたけれど、まぁ気付かなかったというコトで。
「今年も絶対に行こうZe。甲子園」
「主将や蛇神先輩の分も返さないかんしね」
「そいや予選の武軍Ha最悪だったNaー」
「ホント、もう絶対戦いたくないとよ」
クスクスと、こんな事を言えるのも今だからこそと思った。
躰を離して二人で再度バイクへ戻る。
「絶対優勝!」
「優勝!」
笑って、再び誓いを胸に。
この冬の空のように高いトコロへまた行くのだと。
040110.
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