今日は
待ちに待った4月12日
俺の大好きな人の誕生日








光舞う空の








 ……だったのに。
「猪里誕生日オメデトー!」
「え、猪里君今日誕生日なの?おめでとう!」
「猪里君、誕生日おめでとうですわ(祝)」
 扉一枚向こう側の喧噪。近い位置で話しているのか、割合はっきりと聞く事の出来る会話の内容。 俺が今日初めて開けた教室の扉の向こうで、周りから沢山の祝福を受ける君は。
「あ、うん……ありがとう」
 そう言って花も恥じらうほどの美しい笑みを浮かべた。
 ああ、それは俺だけの笑顔だったはずなのに。

 そもそもどうして俺がこんなに落胆してるかと言えば、単に遅刻なのだが。
「それにしてもSaァ……」
 今日ぐらいはもう少し待っててくれたって良いじゃないか。
(猪里だっTe、今日が何の日Ka忘れてる筈無いのNi)
 俺と猪里はいつも一緒に登校している。 部活の朝練とか、進行方向が同じだからとか、いくらでも理由はあるが、単に少しでも長い時間一緒に居たいからであって。 俺が自転車で猪里の家まで行って、そこから徒歩で学校まで。
 自転車で一緒に行く?そんなもったいないことが出来るかよ!あっという間に学校着いちまうだろ。
 だから必然的に、学校に行くのに間に合う時間までに俺が来なかったら猪里は先に行ってしまう。 寝坊した俺が悪いのは分かっているけれど。でも少しぐらい待っていても良さそうなのに。
「あ」
 色々な人に囲まれていた猪里が、ようやく俺に気付いたらしい。一言二言周りに話しかけ、人垣から抜け出てきた。
「おはよ、虎鉄。遅かったね……寝坊?」
 先程より一段格下の笑顔で近づいてくる。笑顔といっても、これはからかいを含んだ笑みだ。
―――そんな笑顔はもう見飽きたから。
 俺が見たいのは、もっとそんなありふれた笑顔じゃなくて。
「……今日やっぱサボRu」
「はっ?」
 唐突な宣言に猪里は素っ頓狂な声をあげた。
静かに決意を固め、もう一度同じ言葉を繰り返し強調する。
「だかRa、学校サボるNo」
「え、でも、部活やって……」
「今日は部長会だかRa無いって昨日言ってただRo」
 部活があったらいくら何でも休まないさ、俺だって。そんなことも、分かってくれないの?
(駄々捏ねてRu子供みたいな顔してるんだろうNa……)
 困惑をありありと浮かべた猪里の顔を見つめながら、左の手首を掴む。
「だかRa猪里も一緒にサボっTe?」
「え……ちょ……」
 猪里の抗議には耳を傾けない。足早に彼の席に行って鞄を持たせ、問答無用で教室から連れ出す。 予鈴の鳴り終わっても生徒の沢山残る廊下を、誰にも気付かれぬまま突き進んだ。

 辿り着いたのは、誰も居ない小さな公園。滑り台と、小さな砂場、古びたベンチだけでいっぱいの公園。 時間が朝早い所為と雨の所為で、普段賑やかなこの場所も今はひっそりとしている。
「Ahーせっかくの猪里の誕生日なのNi……」
 しとしとと降り続く雨。分かってはいたのだが、この状態だと公園に来ても傘無しでは何も出来ない。 逆に傘があっても、やりたいことは何ひとつ出来ない。
「仕方ないっちゃよ、そういうこともあるけん」
 雨の中でも繋いでいて濡れた手を、猪里はゆっくり離し、前に一歩進んだ。 緩慢な動作で振り返った彼は、少しだけ動きを止め、すぐまた前を向いてしまう。
「なんだ……今日拗ねてたんはそうゆうことなんね?」
「N?」
「遅刻した事」
 猪里は空に掌を向け、雨を受け取るように突き出した。問いの形で渡されなかった言葉に直接は答えず、返事をする。
「だっTe……猪里の誕生日なのNi一番に言えなかったSi」
「何時でも同じとよ」
「同じじゃないYo」
 同じじゃない。只の誕生日じゃないんだ。猪里の誕生日だからこそ、何時でも良い訳じゃない。 俺にとって本当の本当に特別な、大好きな君の誕生日。その一分一秒が愛おしく思える程、特別な日。

「鬼ごっこしよう」

「Ha?」
 突然、何の脈絡も無く鬼ごっこをしようと猪里が言った。
「鬼ごっこ。最初虎鉄が鬼な、よーいドン!」
 突然すぎて思考が追いつけないで呆けている俺を余所に、猪里は走っていった。 だが小さい公園のためすぐに端に着いてしまう。くるりと此方を向くと、それほど大きくない声で呼びかけてきた。
「砂場ん中は無しな!あと公園の外も無し!ほれ、早う追っかけてきい!」
「おい!制服濡れるZo!」
「虎鉄が早う捕まえんともっと濡れるばーい!」
「俺の所為かYo!!」
 斯くして高校男児二人による鬼ごっこが始まったわけだが。
(捕まらNeェ……!!)
 速いわけではない。むしろ走るのは遅い。 しかし、先程決め(られ)たルールと絶妙な位置にあるベンチの所為で全く捕まらない。
(これっTeまるで……)
 ―――まるで俺の恋みたいだ。  見えているのに、いつまで経っても捕まらない。あと一歩で届きそうなのに、その一歩を踏み出すことが出来ない。
 畜生。畜生。畜生。
 こんな日にする筈じゃなかったのに。こんな日になる筈じゃなかったのに。
 雨を吸って重たくなった上着を脱ぎ捨て、終わりそうにない鬼ごっこを再開する。











































「なあ!来て!」
 滑り台の上に駆け上がった猪里が突然叫んだ。
俺は一段目の階段に足を掛けていたので、呼ばれなくとも行くつもりなのだが、まあそういう事では無いだろう。 ひとまず鬼ごっこは終了して、濡れた手すりを掴みながら慎重に狭い滑り台を登ってゆく。
 未だ空からぱらぱらと降り続ける雨。心なしか、先程より空が明るくなったような気がするが。
「あ―――」
 この公園は市内でも少し高いところに位置しているのだが、いつもは囲いの草木に邪魔されて周囲を見渡すことは出来ない。 今二人が居るのは、普登ることの無い滑り台の天辺で。
 眼下に広がる街の全景。そしてその街に架かった、
「虹……」
 2本の大きな虹。
 虹の周りには、雲間の太陽にきらきらと光る雨が僅かに降り落ちている。
「すっげ……キレイだNa……」
「こげんシチュエーションはなかなかお目にかかれんばい」
 そして、笑顔を此方に向けてくれた。それは間違いなく今までに見たことのない、最上級の。

 畜生、こいつは!まったく可愛い奴め!

 そう心の中で叫んでから、街の方を向いてしまった猪里にキスをしかけた。







雨上がりを知っていた。そのタイミングを狙って滑り台に駆け上がった。








HAPPY HAPPY BIRTH DAY!!
050412.
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