(070515/プール/第二帝国成立時)
バロックの豪壮な意匠が施された廊下を靴音高く、
マントを翻らせて颯爽と歩くプロイセンに手を引かれながら少年も後に続く。
脚のリーチが違うため必然的に小走りで追うことになった少年は、乱れ始めた息の合間にようやっと声を上げた。
「待ってくれプロイセン!なぜわざわざパリまで来て……」
「黙ってついてこい」
ぴしゃりと遮ったその言葉も口調こそ厳しいもののどこか浮わついている。
そう、この宮殿を包む空気までもが妙にそわそわと落ち着きないように感じるのだ。
プロイセンはそれと同じ空気を纏ったまま笑みさえ浮かべ、再度口を開いた。
「お前に最高の舞台を用意してやる」
いつの間にか開けた視界からの光量に目を灼かれた少年は思わず目をつむる。
言葉と共にカツン、と足音が止んだ瞬間、その場にいた多くの人間がぴたりと雑談を止めプロイセンに注目した。
周りの視線に晒されながら怯まない彼は群集を一瞥する。
「ヴィル!何処に居る!」
「ここだ」
「ビズは?」
「こちらにおります」
プロイセンに呼ばれ前に出てくる男は二人とも正装姿で、傍には着飾った従者を伴っていた。
そしてビズと呼ばれた方の従者の手にはきらびやかな宝石に飾られた金色の王冠。
よく知っているそれを見て、少年は目を瞠った。
「まさか……戴冠式を」
少年の震えた声にプロイセンは意を得たりとばかりに口の端を上げ、高らかに宣した。
「我らが母国、ドイツ帝国の誕生だ!」
それは少年の未来を変える、変えてしまった、運命の日のはなし。
(070707/プール/不安定ルートヴィッヒ)
廊下を足音高く進む。マントの止め具を外しながら、
肩から落としたそれを傍に控えていたメイドに預け自ら書斎を開けると、
人影の無い筈の己の書斎にはしかし静かな音があった。執務机に座す少年は本の頁を捲る手を止めぬまま声を掛けてきた。
「遅かったな」
「ルーイ、お前、人の書斎で何してんだ」
「読書だ」
「見ればわかる」
開け放ったままの扉の向こうで律義に頭を下げるメイドにティーセットの用意を指示してから、
プロイセンは埋まっている執務机ではなく対客用に置かれたソファに腰掛ける。
未だ動く様子の無いルートヴィッヒに視線を遣れば、果たして彼の蒼は手元に固定されたままだった。
「アフタヌーンティーにするぞ」
だからこっちに来い。
敢えて言葉にしなかった部分をきちんと汲み取ったのか少年は一度顔を上げると、
暫くぱらりと頁を送ってから本を閉じた。それでも椅子から立ち上がろうとしない彼に、プロイセンは首を傾げて問うた。
「浮かない顔だな?」
「……、そんな風に見えるか?」
「何かあったのか」
戸惑ったような応えにプロイセンは今度は眉を寄せる。
本当は大きく取られた窓を背にする椅子の影になって少年の表情はうまく読み取れていないが、
彼の声音からそれは疑問より確認の言葉になった。
ルートヴィッヒは暫く逡巡したようだったが最後に溜息を吐くとゆっくりと口を開く。
「俺はお前に存在させられているのかもしれない、と」
返ってきたのは曖昧な言葉だった。
「どういう意味だ?」
「深意はない。……が、命名によって初めて存在するというのも一理あると思った」
「その本の話か」
彼はひとつ頷くとまたゆるりと頁を捲り始めた。
ぱらりぱらりと一定のリズムで落とされるそれを眺めていると不意に彼の蒼がプロイセンを見据えた。
「……だから、だから。名前を呼んでくれ、プロイセン」
「お前は俺を認識しているか?」
「俺は……本当に此処に存在しているか?」
不安そのものでしかない言葉とは逆に彼の瞳と声音はいっそ不思議な程しっかりとしていて、
思わず息を飲んだ。真っ直ぐな反らせない蒼はしかし一度だけ僅かにけれども確かに揺れ、
それを見た瞬間自然と口を開いていた。湧き出てくるのは自分が与えた彼の名前。
「ルーイ、ルートヴィッヒ、」
「間違いなくお前は此処にいる」
「……だから、そんな顔するな」
いつのまにか泣きそうな表情を浮かべていた少年に手を延ばそうとしてしかし届かない距離に気づいて、
プロイセンは代わりにもう一度だけ彼の名前を呼んだ。
(070808/普←独/普墺戦争まで時間遡行ドイツ)
閑散とした盤上を白と黒が踊る。
男は熟考から抜け出すとチェアに預けていた背を離し同時にゆるりと組んでいた脚を戻した。
そして手を延ばした先にあった黒いビショップを小突いて位置をずらすと替わりにコツリと白いナイトを盤に置く。
「―――さて、ケーニヒグレーツは堕ちたぞ」
男がビショップを指で掬い上げながらちらりと背後に視線を投げれば、
そこには男によく似た青年がチェアの横に立っている。男の、微かにしかし確実に愉悦を滲ませた声に、
青年は僅かに眉をひそめてしかし黙したまま盤上で繰り広げられる静かな戦いを眺めていた。
男が二度三度黒と白の駒を動かしたところで青年は躊躇いを含んだ声で応える。
「まだクイーンがいる」
「ハ、女王が来るより先にチェックメイトだ。ウィーンはすぐに堕ちるさ!」
カツン!
そう言って男は言葉通り黒のキングを白のビショップで突き落とした。
ガラスのローテーブルに落ちた駒は一度甲高い音を立てると更に絨毯の上に転がり落ちる。
毛足の長い真紅のそれが地に墜ちたキングを音もなく包み込むのを見て青年は先より更に眉根を寄せた。
今度は咎めるような声音だった。
「キングとて動く」
「ウィーンが?……いや、それともオーストリア自身のことか。ふん、アイツに何か出来るとは思えんな」
「だが、」
「しつこいな」
言い募ろうと続いた青年の言葉はしかし男の不機嫌さも露な声にぴしゃりと断ち切られた。
青年より視線が低い状態で自然振り仰いだ男はおもむろに椅子に乗り上げると、
青年の胸倉を掴み息がかかるほど近くにぐいと引き寄せる。
「確かにおまえの戦略が合理的なのは認めよう。だがこちらにはこちらなりのルールも矜持もある。
おまえの道理がいつも合致すると思うな」
青年は男の鋭い蒼に瞬息の間目を瞠りごくと咽を鳴らした。その様子に男は目を眇めて、更に言う。
「生憎俺はまだおまえを信用していない」
そして勢いよく青年を突き放した。
「……なら、何故傍に置くんだ」
「おまえが気に入ったからに決まっている」
襟元を正しながら憮然とそう問うた青年の言を鼻で笑った男は、
青年に一瞥を投じて何事もなかったかのように再びチェアに腰掛けた。初めと同じように盤上に手を延ばし、
今度は手元のキングのもとへ白いビショップを引き戻す。
「矛盾している」
「信用と好感は別物だろう」
「……合理主義者め」
「褒め言葉だ」
唸るような青年の言葉にそう返すと男は颯爽と立ち去った。
部屋に残った青年は盤上の白いキングとその横に並ぶビショップとクイーンを見て顔を歪めると
それに背を向けて部屋の扉を閉めた。
(白:キング=普、クイーン=ルートヴィッヒ、ビショップ=独)
(070326〜070601/仏独/拍手御礼ログ)
「別に愛の言葉を囁けって言ってるんじゃないんだぜ?」
「いや……しかしだな……」
(今日はやけに渋るなあ)
俯き気味に目を逸らし口ごもるドイツを眺めながらぼんやりとフランスは思った。
「いつもやってるだろ」
「やってない!……い、いややってたとしても!それは酒のせいだ!」
がたん!とテーブルを叩き鼻息荒く反論してきたドイツは、喋っている英語が段々と訛ってきているし
単語に至ってはドイツ語すら混じっている始末だ。余程興奮しているらしい。
「聴いているのかフランス!」
「はいはいわかったわかった。もう頼まねえよ」
ひらひらと手を振りながらおもむろにソファから立ち上がったフランスはよっこらせ、と言いながらテーブルを跨ぐ。
年寄り臭いぞフランス、何するんだ、テーブルを跨ぐな!といつになく饒舌に喚くドイツに構わず、
彼の顔を両手で掴んで引き寄せた。
「……あーあ。いつもと同じじゃねえか」
すっかり黙り込んでしまったドイツを放ってソファを回り込みフランスはキッチンへ向かう。
時間の無駄だったなと独りごちながら食料棚を開く。食事はフランスの仕事だ。
「……フ、フランス」
「あー?……っておわ、なんだよ」
下の棚を覗きながら振り返れば、いつのまにか背後にドイツがいた。
しかし呼んだままドイツは言い倦ねているのか口を閉じている。仕方なくフランスは戸から手を離して戸棚に寄り掛かった。
「フランス……」
「だからなんだよ。別にさっきのは気に―――、」
「……こ、これで満足か!」
ドイツは顔を真っ赤にしながらそう叫ぶと、フランスを突き放してキッチンから飛び出して行った。
「……え、なに今の……不意打ち?」
暫く呆けていたフランスはようやくそれだけ呟くと、柄にもなくドイツと同じように顔を赤くしながら戸棚に手をかけた。
「たまにはお前からキスが欲しい」
(070602〜070621/プール/拍手御礼ログ)
セピアの記憶
年代ものの書物ばかりが並ぶ、もはやそれ自体がアンティークになりそうな巨大な書庫には
紙をめくる乾いた音だけが響く。静謐な空気を壊さないよう静かに奥へと進めば、普段と変わらぬ場所に腰を降ろし、
分厚い書物を読み耽る少年がいた。
少年は歴史書を好んで読む。
理由は明快だ。その身で多くを浴びたにもかかわらず、少年の脳裡には浮かぶ筈のそれらの記憶が無いからだ。
失ったものを補うように、少年について記述された書物をひたすら読み漁る。無機的に記述された史実をひたすら、辿る。
少年が失ったのは幼い頃の、この家に連れてこられるまでの記憶。憎き隣国との戦争で失ってしまった、記憶。
だがその戦があったからこそ、
どさくさに紛れて瀕死の少年を保護し匿うことに成功したのだから、天に在す神とやらは随分と意地が悪いようだ。
唐突に差した強い光に目を眇めながら、ふ、と息を吐く。発生源に視線を遣れば、
少年が手元の銀時計をパチンと閉じたところだった。硝子面が斜光を反射したのだろう。少年の蒼がこちらを捉らえる。
「ディナーには、まだ早いな」
全くもって可愛くない一言だ。
「ただ顔が見たかっただけだ。邪魔して悪かったな」
「……一区切りついたところだったから」
とすん。腰に感じた軽い衝撃に立ち止まると、そこからくぐもった声が聞こえた。
肩越しに視界に入る窓辺の散乱した本に眉を顰めながら、普段は丁寧に扱うそれらを放り出さずには
いられなかった少年の行動に、そうと悟られぬよう微かに笑う。そして此処に来た本来の目的を果たすため、静寂を破る。
「ただいま」
「……おかえり」
あの頃黄金に輝いていた夕暮の書庫は今も色褪せずに、
(070621〜070719/普神羅/拍手御礼ログ)
lost summer
碧落は戦の火によって白く煙っている。
「神聖ローマ……!」
見渡す限り死体とがらくただけの戦場にその少年は打ち捨てられていた。
ようやく見つけた少年の名を短く叫びながら、疲弊している筈の体を叱咤して走り寄りゆっくりと抱き起こした。
苦しげに目を閉じた少年の青白い頬に手を添えれば、微かな呼気がかかった。生の証に一先ず安堵の息を吐く。
蹄の跡が深く残るその地はただただ静かだった。彼と少年以外の姿はない。
一時ほど前ならば視界を埋め尽くす程の人間たちで、人間たちの醜い思惑と欲望とで溢れていたというのに。
今はただ、静かだった。
ここいにいた人間たちは決してこの少年の味方ではなかった。少年を通して彼らが見ていたのは、
既に失って久しい過去の栄光。守ろうとしていたのは安っぽい矜持。
取り戻そうとしていたのは緩やかな衰退を描く薄っぺらな安寧。そんなもののために少年は戦わされ、
そして枷になると気付いた瞬間あっさりと手放されたのだ。
えもいわれぬやり切れない思いに、きつく拳を握り締めた。きゅ、と絹地が擦れて音が鳴る。
敗北が濃厚であったとは言えこの少年をみすみす見捨てた男を今すぐ殴ってやりたかった。
―――いや、殴るよりも凄惨な仕打ちを。完璧に打ち負かして、
少年に致命傷を与えたあの男共々恥辱に震えるほどに凄惨なそれを。
ちいさくて軽い少年を抱え上げながら、失った夏に堅く誓いを立てた。
(070621〜070719/普独/拍手御礼ログ)
lost summer <Take one>
碧落は戦の火によって白く煙っている。
「神聖ローマ……!」
見渡す限り死体とがらくただけの戦場にその少年は打ち捨てられていた。
ようやく見つけた少年の名を短く叫びながら、疲弊している筈の体を叱咤して走り寄りゆっくりと抱き起こした。
苦しげに目を閉じた少年の青白い頬に手を添えれば、微かな呼気すら感じない。
それに酷く青ざめるとおもむろに少年の顔へ自分のそれを近づけ―――
「待て待て待てそれ以上近づけてみろ俺は今すぐお前を打ち抜くぞこの変態……!」
「……チッ」
背後に射した人影にプロイセンはひとつ舌を打った。そして仰ぎ見ればそこにはプロイセンによく似た男がひとり。
「舌打ちするな!というよりそれは台本にないはずだプロイセン!」
「別にいいだろ?それともなんだ、妬いてくれてるのか?」
「な……っ」
「冗談だよ、ドイツ」
赤い顔のまま口を開いたり閉じたりするドイツに一度視線を遣ってから、手元の少年に顔を戻す。
「悪いな。撮り直しだ」
「……悪いと思ってんならやるなよ……」
神聖ローマはプロイセンの腕の中で上体を起こすと額に手を当てながらげっそりと呟いた。
「仕方ない。お前がドイツの幼い頃にそっくりだからつい、」
「プロイセン!!」
真剣な表情のプロイセンの言葉を真っ赤な顔をしたドイツが怒鳴り付けた。
ついには胸倉を掴み掴まれるおとなたちを見上げながら、少年は深く溜め息を吐いた。
「あっついなー」
今日も世界は実に平和である。
(070621〜070719/普独/拍手御礼ログ)
lost summer <Take two>
白く煙る碧落の下で倒れる少年に駆け寄った。
少年の状態にえもいわれぬやり切れない思いが沸き上がって、きつく拳を握り締めた。きゅ、
と絹地が擦れて音が鳴る。そしてちいさくて軽い少年を抱え上げながら、失った夏に堅く誓いを立てた―――。
パチンッ!
「カット!はいOKです!」
「チェック入りまーす」
その声を境に緊張感でピンと張り詰めた現場にはゆるやかな時間が再び流れ始めた。
走り回るスタッフの喧騒に包まれながら悠然とした足取りで引き上げていくプロイセンは、
天幕の入口で腕を組む男に顔を向ける。
「言いたいことがありそうだな?」
「今度は変なことしなかったな」
「当たり前だ。撮影を長引かせてどうするんだ」
「……お前がそれを言うのか」
眉根を寄せて溜め息を吐いたドイツは、乱れ落ちる前髪を後ろに撫で付けながら天幕へと踵を返した。
「何処へ行く?」
「準備だ。次は俺とフランスのシーンだからな」
「ふーん」
プロイセンはドイツのあとに続いて幕の中に入る。戦場を模した舞台と違って、
照り付ける太陽の光が届かないそこは酷く涼しかった。無言で準備を進めるドイツの後ろに静かに歩み寄りながら、
それに気づかず濃緑色の軍服を羽織ることに集中している彼に思わずプロイセンは口端を吊り上げた。
「確か……あいつの胸倉掴み上げるところか」
「嫌な覚え方してるな。違いないが」
「印象的だからな。……こんな風にか?」
「……っ、プロイセ―――!」
首でも絞めるように殊更きつく胸ぐらを掴み上げ、苦しげに唸るドイツの口に噛みついた。
驚いた表情を浮かべるドイツを見遣りながら、一度舌先で彼の口内を蹂躙するとすぐに突き放す。
ぐらりと床に崩れ落ちたドイツを見下ろす。
「こんなことされないように気をつけるんだな」
「……普通は、衣装が駄目になるようなことはしない」
ぽつりとそう呟いたドイツに、再びプロイセンは笑んだ。
「ごもっともだ」
.
うちのドイツの設定(とても…捏造です…。)(070722時点)
※ずばり「約束の夜」だけ名前がドイツのままなのは設定作る前だったからです^^
→名前
第一帝国期(962〜1806):神聖ローマ
間期(1806〜1871):ルートヴィッヒ
第二帝国期〜(1871〜):ドイツ
→歴史
本家通り途中まで墺洪伊と同居
アウステルリッツの三帝会戦で瀕死の重傷(墺は神聖羅を放置※)→普に匿われる
普の屋敷で目覚めてみたら記憶喪失でした→普にルートヴィッヒと名付けられる※
間期はずっと普の屋敷で軟禁生活
普仏戦争に勝った普がヴェルサイユ宮殿で戴冠式→ドイツ誕生(→ログ小話)
※ライン同盟のせいでやむなく皇帝権を放棄させられました
※記憶がない方が都合が良かったのと辛い思いをさせたくなかったため
※第二次世界大戦で普は国から降格→ドイツの下でヒモ生活という秘密設定あり^^
→備考
プロイセン×ルートヴィッヒ→プール
プロイセンとドイツはそっくり(→双頭の金鷲)