微かに見えた光に手を伸ばした。
暗いところにいた。
気付いたら、周りが何も見えない暗いところにいた。
何処が前で、何処が後ろで、上なのか下なのかが判らない。まるで宇宙に居るようだと思った。
「―――っ」
気付いたら、漆黒の闇は星の煌めく宇宙に変わっていた。
そしていつの間にかパイロットスーツとヘルメットを身につけて、コックピットに収まっていた。
内部の電子機器はどれも見慣れた位置にあり、姿をしていた。一目でこの機体が決闘の名を持つそれと判る。
ピーッ
突然鳴り始めた警告音にハッとしてモニターを見る。ロックオンされていた。
驚いて、咄嗟にスラスターを吹いた。大きくGがかかる中、左脇をかすめたビームにひやりとした。
無音の世界で響く自分の脈の音と荒い呼吸音。
モニターにはいつの間にか、多くのジンと地球軍のモビルスーツが映っていて、戦っていた。
仲間を援護しようとトリガーを引く。光線が機体を貫く。爆破したのはジンの方だった。
「……!」
地球軍のモビルスーツがライフルを此方に向けた。
スラスターを吹いて加速をつけ、肉薄したモビルスーツに向かってサーベルを振り下ろす。
再びスラスターに点火して後方へ飛び退いた。数秒のブランクののち、爆破する機体。手が震えていた。
撃った。確かに自分が撃った。しかし撃ち間違えた。ありえない。射撃もモビルスーツもアカデミーではトップクラスだったのに。
上からビームライフルを撃ちかけてくるモビルスーツに向かって、こちらもライフルを撃ち返そうとして、
トリガーを引く指が震えていた。震えている上にいくら力を込めても指は動かなかった。
ピーッ
ロックオン、された。
「う……あッ……!!」
無音の世界の中で自分の叫び声だけが聞こえる。
躰が動かなくて、ナチュラルのように無様な叫び声を上げるしか出来なかった。
否、死ぬ間際にナチュラルもコーディネイターも関係無い。実際、こうして叫んでいる俺はコーディネイターだから。
光線が迫るのが見える。
これで終わりなのだと思って、そしたら誰かの姿が見えた。咄嗟にその名前を呼んだ。
「 」
世界がブラックアウトして、元の暗いところに戻ってきた。
ああ、死んだのだろうと考えて、じゃあ先程のところとは違う場所なのかもしれないと思う。
暗くて何も見えない世界に、光が見えた。
それはビームのように明るく残酷な光ではなく、小さな暖かい光だった。
無意識にその光に手を伸ばした。
ぐいと引っ張られるような加速を感じ、光の中に吸い込まれた。
「イザーク」
慣れた声音で呼ばれる自分の名前が、柔らかく意識を浮上させる。
ふ、と目が覚めた。
「……アス……ラン」
「どうしたの?魘されてたみたいだけど」
決して起き抜けの所為だけではない枯れた声に、酷く心配そうな声が返ってくる。
目の前には、声と同じく心配の色をありありと浮かべた翠の瞳があった。
これが現実で、先程のは夢だったのだとようやく理解した。
「いや……平気だ」
「平気じゃないだろ。どうしてそうやって……隠そうとするの」
「隠して無い。本当に、平気なんだ」
此処に帰ってこられたから。独りだったなら帰ってこれなかった。あの光は、確かにアスランだった。
いつからこんなに弱くなったのだろう。独りじゃ、何も出来なくなったのは、いつから。
不安と恐怖を感じなかったわけではないけれど。この夢を見た後は酷く不安定になることもよくあったけれど。
今は此処にアスランが居る。それだけで不安も恐怖も全て消える。睡眠不足になることもない。
それを伝えたくて、翠の瞳を必死に見つめ続けた。下手に表情を作るよりずっと瞳は心を雄弁に語る。
「平気、だ」
「……そう。」
云いたいことが伝わったのか、アスランは目を細め微笑んだ。そしてベッドから出ていく。
さっと吹き込む風はシーツの中の温度より低い。一瞬身震いしたのは、やはりその寒さの所為だけではなく。
それに気付いたのか、アスランは振り向いて困ったように髪を掻き上げた。
「ああ……コーヒーを淹れようと、思ったんだけど」
「いい。今日はオフだ」
「じゃあ二度寝でもしようか?」
「暇、だからな」
するりとシーツに潜り込んでくるアスランに場所を空けてやる。
当然のようにまわってきた腕に大人しく収まり、目を閉じた。柔らかい闇に包まれる。
「寝ちゃうの?」
「寝るといったのはお前だろう?」
「そうだけど……。まあ、いっか」
アスランは未だ不服そうに髪に指を絡める。その指が瞼に落ちてきたので、ゆっくり目を開けば、暖かい翠が映る。
暫く見つめ合った後、襲ってきた眠気に従って再び目を閉じた。
「おやすみイザーク。良い夢を」
額に柔らかな感触を感じ、キスをされたのだと認識したところで意識を手放した。
ああそういえば、おやすみとアスランに言うのを忘れていたかもしれない。
060504.
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