※古キョンにょた長編のプロローグ的な感じで。
※むしゃくしゃしてやった。今も後悔はしていない。
※しかしキョンの一人称は難しいけど楽しいな。私の大好きな装飾過多文である。
※最後息切れすぐるwwフロイト先生も爆笑だっぜw(080101)
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午後四時二十三分
「撮影行って来る!キョンと古泉くんは先に帰ってて構わないわ」
ハルヒは突然思いついたようにそう言いながら座っていた椅子を倒すほどの勢いで立ち上がると、ふああ、とか、ひぇ、
とかの悲鳴を上げる麗しきSOS団専属女神で在らせられるメイドルックの朝比奈さんを拉致し、窓際でいつもの如く黙々と、
人を撲殺できそうな厚さのハードカバーを読んでいた長門の手を引きながら器用にドアを開け放った。
おいちょっと待てよハルヒ。撮影なら主役の古泉と、ついでにカメラマンも必要だろ。
「今日はみくるちゃんが未来からの親を説得する日よ。それにカメラマンなら鶴屋さんがどうにかしてくれるんですって。
だから古泉くんもあんたも今日は臨時休暇です!」
……休暇だぁ?珍しいこともあるもんだ。毎週やってくるウィークエンドも五百年分続いた夏休みだって、
あいつがまともに休みを与えてくれた記憶なんか雀の涙ほども無かった気がするんだがな。
(だが考えてみればおそらく一万五千四百九十八、いや、七日分の休みは貰った筈なのである。
ちっとも覚えちゃいないがな。)当のハルヒは勿論不審がる俺に反論する隙も与えず部室を飛び出していってしまった。
翻るメイド服のフリルが眩しいな、とか思っている場合じゃなかった。
反動でゆっくりと戻る扉を眺めながら俺はやれやれと大きく溜息を吐く。
「あの扉、今に絶対外れると思うんだが」
「そうですね。今度ビスの点検はしたほうが良いでしょう」
ハルヒが部室を出ていくまで微笑んだまま、制止の言葉すら掛けなかったザ・イエスマン古泉は、
長考の末ようやくじっと弄くり回していたオセロの駒を盤上に置いた。螺子とか油の問題では済まないと思うぞ。
あれは扉の木材ごと抉り取る勢いだ。いっそ扉ごと変えた方がいいんじゃないかね。ああしかしお前、
そこに置くのは良くないということに何故気付かないんだ。負けを誘ってどうする。
「いっそ扉ごと、というのには同意しますが。ところで僕たちもそろそろ帰りませんか?
涼宮さんもああ言って下さったわけですし」
「だな、全く同意するぜ。どうせお前の打つ手もこれで無くなるわけだしな」
パチンと白の駒を盤に載せると、大分侵食されていた僅かな黒が殆どひっくり返った。
所々に黒を残す盤面を見ながら完敗です、と肩を竦めた古泉は、
次のターンを迎えるはずだった腕を伸ばしてあっさりと駒を剥がし始めた。俺もそれに倣ってオセロの片づけを開始する。
俺たちが暫く黙々と作業を続けていると突然何の前振りもなく、
つまり気配だとかリノリウム独特の足音だとか生物としてあってしかるべき予備動作の一切が無く唐突に、
閉まりきらなかった部室の扉が明確な意志を持って開閉されたのだ。
不本意ながら少しばかり非日常に慣れてしまった俺にもこれはちょっとした恐怖でしたよ?
「あのう……」
僅かな緊張を滲ませる俺と古泉の前、キィと軋む扉の向こうから小動物のようにおずおずと顔を出したのはなんと、
不安そうにセーラー服の胸元を押さえたハルヒに拉致されたはずの朝比奈さんであった。
みんな、エブリバディ?此処でクエスチョンである。よーく思い出してくれ。拉致された朝比奈さんは、
さてどんな恰好をしていたかな?
「どうしたんですか?何か忘れ物ですか?」
「えっ……と、多分」
曖昧に首を傾げた朝比奈さんはさっと廊下を確認すると、急いで部室に滑り込んで後ろ手に扉を閉めた。
そして緊張した様子でこう、切り出した。
「古泉くんとキョンくんに、協力してほしいことが……あります」
* * *
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午前七時二分
「…………な……んだ、こりゃあ……」
スウェットの襟を摘み上げたまま、俺は少しばかりこの世界を疑った。
俺はその日、少し寒いが快適で平和な月曜の朝を迎えるはずだったのだ。
昨日よりも着実に日の出の早くなっている一月の半ばのことである。
昨日の就寝時にセットした暖房は予定通り予約時刻から温風を吐き出し始め、
起床時にはすっかり暖まった部屋で実に快適な目覚めを迎えるはずだった。いや、実際には迎えた。
快適な目覚めはすぐさま頭をクリアーにし、それにしてはいやにはっきりとしていた意識の片隅で
設定温度を高くしすぎただろうかと、汗ばんだ躰に張り付くスウェットを捲ったところで
残念ながら平和な朝は終わってしまったが。
いや、なんと表現したらいいんだろうね。これはもう憂鬱も溜息も動揺も憤慨も戸惑も驚愕もいっそ通り過ぎて
最早感嘆しか感じないな。誰に対しての感嘆かってそんなもの決まってるだろう?
退屈を持て余して暴走したに違いない涼宮ハルヒに対して、だ。こんなお約束なネタは奴の陰謀以外に思いつかない。
少なくとも俺には。ああ、「お約束なネタ」が何かについては頼むから今訊かないでくれ。
未だ俺はあらゆるショックから立ち直ってはいないんでね。
とはいえ、このままフリーズしているには今の状況は若干どころか大いによろしくなかった。
なんせ俺の側頭葉と海馬は周囲の認識は昨日までと全く変わっていないと訴えているのである。いやこの場合は前頭葉か?
どちらにしろ周囲からしてみればあくまで俺は神的宇宙的未来的超能力的パワーの一切を持たない一般男子高校生に過ぎず、
それは家族だって変わらないのである。つまり母親から見れば俺は息子であり妹から見れば兄だ。
さて、そんな息子や兄がある日突然「娘」や「姉」に変わっていたら、彼女たちはどんな反応を示すんだろうね?
そろそろこの事態がじわりと実感を伴ってきた。まあつまり、そういうことである。
母親と妹の反応を想像して思わずこのまま原子レベルまで分裂して消失してしまいたくなった俺は、
自分自身ですら驚く程のスピードでブレザーとコートを着込むと、
ネクタイとマフラーと携帯電話をひっつかんで外に飛び出した。
鞄ごと持ってくれば良かったと後悔したのはだいぶ後のことだった。
うーん、それにしてもぶかぶかの靴では走りづらいな。なんとなくブレザーの肩が余ることは予想していたが、
袖からズボンの裾や靴までも同じようになっているとは想像していなかった。正直こんな恰好を誰かに見つかりたくない。
認識云々のこともあるが、これではまるで男に襲われたところをからがら逃げ出してきた女の子である。
最後の単語には今は残念ながら否定が出来ないが、出来ないからこそ事情聴取必須だ。
頼むからどこかへ辿り着くまで誰も俺を見つけないで欲しい。
そんでもってここでひとつ問題が発生するわけだな。俺はこれから何処に逃げ込むべきか、
という切実な問題であるわけだが。まず状況からしてSOS団関係者以外の人間は却下だ。当然ハルヒは駄目。
かといって今は同性だからと長門や朝比奈さんの家に押し掛けられるほど俺は神経が太いつもりはない。
その他の条件的には最適な鶴屋さんを含めたって同じ理由で却下。―――と、
なれば要するに悩むまでもなく最初から俺にはひとつしか選択肢が残されていなかったのである。
俺は先程から躊躇うように弄くっていた携帯電話を耳に押し当てて、ボタンを押し込んだ。
電話の先へは三回のコール音で繋がった。
『はい、古泉です』
すなわち、唯一の選択肢へと。
「今おまえんちに向かってるんだがとりあえず何も言わずに匿ってくれないか」
『はい……? いえ、あなたは――― その、あなた、声が……』
「お前は馬か? 事情説明はそっち行ってするから、今は何も言うなと」
『わ、わかりました。お待ちしてます』
言っただろうが、と此方が言いきる前に古泉は慌てて電話を切ってしまった。
普段は本物のエスパーじゃないかと疑うほど俺の考えを正確に読み取る癖に今の鈍感さは何だ。
相当に動揺していたと考えなくもないが、それにしても。
まあ今頃は慌ててあの際限なく散らかった部屋を片付けてるんじゃないかね。
別に突然押し掛けて行っても良かったんだが、本来必要のなかった電話をしたのはつまり俺の温情である。
年にあるかないかだから有難く受け取っておけ古泉。
ちなみに何故古泉宅の掃除事情に詳しいかということについてのコメントは控えるぞ。察してくれ。
というわけで、周囲の視線を気にしながらのスネークもびっくりなスリル溢れるかくれんぼゲームは
ようやくゴールを迎えた。腹立たしいほど立派な高級マンションのエントランスの前には、
コートを着込んだ古泉が寒そうに首を竦めながら立っていた。その選択は有難いがお前は一体いつからそこにいるんだ。
「五分も待っていませんよ。とにかく、中へ」
急かすように俺の背中を押す古泉に実はものすごい寒かったんだろと言おうかとも思ったが、
此処で時間を潰して誰かの目に付いてしまったら意味がないので大人しく押されるまま自動ドアを潜った。
インターフォンを鳴らす時間分の危険すら省こうとしてくれた古泉にも悪いしな。
玄関の向こうは予想していたより酷い有様ではなかった。積み上げられた雑誌や紙束が気になるが、
これは古泉にしてはまだマシな方だ。酷いときは生ゴミが廊下に点々と鎮座してるからな。
動線のスペースを確保したところは及第点を与えてやってもいい。
「さっき捨ててきたばかりですけどね」
……俺の喜びを返せ。そして少しは空気を読め。
俺の子供の成長を喜ぶ親のようなあたたかい気持ちを台無しにしやがった古泉は、
キッチンに消えたかと思えばすぐに湯気の立つマグを手に戻ってきた。中身は俺の好みの甘さに調節されたカフェオレだった。
ここでも何故古泉が俺好みのカフェオレを作れたのかという質問には以下略。
「さて、状況を教えていただけますか」
「言うまでもないと思うがね。朝起きたら躰が女だった、が、
周囲の認識に変化がなさそうだったから家を飛び出てきて今お前んちに居る、元凶はなんだか知らんがおそらくハルヒ」
「でしょうね。僕の記憶ではきっちりあなたは男ですし」
そこで俺の躰を上から下まで舐めるように見た古泉は変な笑みを浮かべて自分のマグに口をつけた。
変な顔すんな目を逸らすなお前の言いたいことはなんとなーくわかるけどな!
ではここで余計な情報であるとは充分心得ているが敢えて現在の俺のプロポーションをお伝えしよう。
大幅に縮んでいることはさっき言った通りだが、背は古泉の肩を頭がぎりぎり越えないぐらいである。
髪型はあまり変化してないな。(まあちょっとだけポニーテールにしてみたかったんだけど、なんてな。
言うだけならタダだ。)あとは―――これも言わなきゃならんか? 胸、はハルヒの慈悲か知らないが掴める程度には、
まあ、あるな。つられて腰もそれなりに細いようだし、バランスとしては悪くないんじゃないかね。おっと、
急いで出てきたはずなのに何故こんなに詳細に語れるかだって?
出がけに洗面所に寄るくらいの時間的余裕はあったってことさ。顔洗ったり歯磨いたり、は外出前のエチケットだ。
ブレザーの上からでも判る胸の膨らみに複雑な気分になった朝を思い出して、俺は深く息を吐いた。
「やれやれ、なんでハルヒはこんなこと考えついたんだかな。しかもよりによって俺」
「それは……あなたの様々な面が見たいという彼女の可愛い心理じゃないですか?」
「……あー、そうですか」
古泉がそれはもう皮肉そうにお決まりのポーズで肩を竦めたもんだから、
俺は反論するのも面倒になって適当に頷いてやった。よくもまあ毎度毎度、
どこにでも転がってそうな下らないものからハルヒへと話題を展開し、
挙げ句につきあえだのちちくりあえだの続けられるなと思うね。
ならお前にハグもキスもセックスも許容してる俺はお前の何なんだって話だ。
そうやって律儀に反応して喧嘩に発展していた日々が懐かしいぜ。うん俺は我慢強くなった。
「ま、いいか……それよりどうすりゃいいんだか」
「さあ。どうしましょうかね」
心底どうでも良さそうな返事をありがとう古泉。そして筋力的に若干弱まっているに違いない渾身の右ストレート!
を喰らわそうとして思いとどまった俺、偉いぞ。よくできました。
まあ俺だってここで泥沼会話になんか発展させたくなかったし、
(古泉を頼る以外に選択肢の無かった俺がこの家を飛び出して何処に行くと言うんだ、)
今後の立ち回りに頭を抱えているは事実だったので、
俺は固く握りしめたまま行き場を失った右手を敢えて考えず強引な話題転換に乗ってくれた古泉に少しだけ感謝した。
そういえば早朝に家を出てきたような気がするんだが、もう既に登校するにはギリギリの時間なんだよな。
さて、どうしましょうかね。
そこで運良くというのか運悪くというのか、玄関のベルが鳴ったのである。ご存じだろうか、
マンションのインターフォンの音がエントランスで鳴らされるものと玄関のものとでは音が異なるということを。
重ねて言うが鳴ったのはエントランスの、ではなく玄関の、だ。古泉と俺の間にさっと緊張が走る。
こんな時間に何の用がある?あったとして、しかし下のエントランスではなく直接玄関まで訪ねてきた。
俺というイレギュラーを含めたら良からぬ予測は立ててしかるべきだ。一瞬ちらりと朝倉の姿が浮かぶ。
奥の部屋に居てください、と俺の肩を掴んだ古泉に俺は静かに肯き返した。
普段でも非力な俺は今現在最高レベルで役立たずに違いない。
脱ぎ捨てたコートや放ってあったマフラーを掻き集めて念のため鍵の掛かる寝室に引っ込んだ。
扉を背にしゃがみ込んで息を殺す。扉越しに微かに聞こえる錠を外す音とチェーンを掛ける音にごくり、
と息を呑んだ。さあ相手はどう出る?
「おや」
だが、そこで聞こえてきたのは禍々しい銃声でもなければ宇宙的高速言語でもなく
なんとも間抜けな感じの古泉の感嘆詞である。相手の声は聞こえなかったが暫く問答する古泉の声は常になく困惑を滲ませて、
ですが、ええ、そうですけど、と歯切れ悪く続く。ええい焦れったいな。
しかしそろそろ玄関に突撃してやろうかと目論見始めた俺の耳に、今度こそとんでもない音が飛び込んできたのだった。
「古泉、とりあえず入れてくれ。中の状況もきちんと把握してる」
俺は一度経験していたから聴いた瞬間相手とか状況とかを諸々含めてほぼ悟ったが、
勘の良い諸君も解ったかもしれんね。そう、これは、どう聴いたって俺の―――勿論通常営業状態の俺
(つまり性別男)の声である。おいおいおい、こりゃどいうこった?
「すまん、時間無いんだ。入れてくれ古泉」
「―――どういう、ことです」
本当に焦りを滲ませる俺の声に返答する古泉の声は、上手い具合に不審と緊張と動揺とが寄せ鍋、
いやシチューになっている。そういえば去年末の雪山で古泉の部屋を訪れたのは俺の偽者だったんだっけか。
「玄関先ではしづらいんだ」
「……朝比奈さんは……朝比奈さんも、今現在二人居るんですか?」
「いえ、私はこの時間平面の私だけです」
訪問者の中には朝比奈さんもいらしゃるんですか。俺は目を瞠りながら、
雪山で俺のところにやってきたのは朝比奈さんだったなと思い返していた。それにしては艶っぽい声でもなし、
この朝比奈さんはどうやら本物のようだ。それにしても朝も早くからマイエンジェル朝比奈さんと一緒とは、
ドアの向こうの俺に思わず嫉妬である。
「……証拠は?」
「え、えっと……証拠、ですか」
「なあ頼むよ古泉。お前の気持ちもわからんでもないが、俺は早く、」
「申し訳ないのですがそういうことなので、さっさと入れてくれると有難いのですが」
俺はちょっと苛立った古泉の声を聴いた途端、我慢できずに部屋から飛び出して玄関のノブに飛びついた。
会話から既に確かめるまでもなかったが念のためと、古泉が会話のために僅かに開けていたドアを
一度閉めて素早くチェーンを外し、慌てて制止しようとする古泉に構わず俺はその扉を大きく開け放った。
果たしてポーチには北高のセーラー服を纏った朝比奈さんと、ブレザーを着た「俺」、
そして同じくブレザーを着た古泉が立っていた。
と、いうわけでさっきの会話の「苛立った古泉」はこちらの古泉である。
俺は胡散臭そうなハンサムスマイルを張り付けたままの目の前の古泉を見て、
次に振り返って笑顔を繕うことすら忘れて目を瞠ったままの、まだブレザーを羽織ってない古泉を見た。
やっぱり思った通りだったな。驚愕から戻ってこない古泉と同様に、飛び出てきた俺を見た朝比奈さんが
目を丸くしながら口を手で覆っていた。察するに、誰だかは知らんが時間遡行を命じた人から
事情を聞かされていないのだろう。きっと俺も数日前の俺だったら今の俺を見て驚く。
だから対照的に俺の姿に驚かない「俺」と古泉(ブレザー着用)に大いに違和感である。理由は想像ついてるんだけどな。
「あんまり変わってないように見えるが……何日後だ?」
「ざっと半月ってとこだな」
まるで用意してあったような速さで「俺」の答えが返ってきた。まるでというか実際この質問と答えは
「俺」にとって規定事項なんだろうけどな。それはともかく半月だ。
ということは俺と古泉は半月後になったらこの時間へ時間遡行しなきゃならないってことだな。
良かったじゃないか古泉。お前にもようやくタイムトラベルの機会が巡ってきたようだぞ。
「あ……ああ、そういうこと、でしたか」
「ま、そういうわけなんで古泉の言うとおり中に入れてくれ。ちょっと寒い」
ようやく得心がいった様子の古泉の横をすり抜けた「俺」は、あ、と何かに気付いて玄関を振り返った。
朝比奈さん覚悟してくださいね、と掛けた台詞に朝比奈さんはクエスチョンマークを浮かべ、
古泉(半月後)は笑みを苦笑に切り替えた。勿論俺も苦笑。
「わ……きた、いえ、物が多いですね……」
「えっと、これは、そのですね、」
「すみませんね朝比奈さん、これが僕の素なんですよ」
以上順番に朝比奈さん、古泉、古泉(半月後)である。咄嗟に言葉を誤魔化した朝比奈さんも流石に抑えきれなかったのか
その御尊顔にはシチュー的な微妙な表情が浮かんでいた。そして御世辞にも綺麗だなんて決して言えない部屋について
言い訳しようと言葉を紡ぐ古泉を古泉(半月後)はいっそ開き直っているようであっさりきっぱりばっさりと切っていた。
半月にしてはなんだかやけに思い切りが良いような気もするんだがな……。
「はあ。疑われる要素に心当たりがありませんが、嘘を吐く必要性はないでしょう?」
「にしたって多少の羞恥心とか」
「ありませんねえ、僕もバレちゃってますし」
あなた曰くあなたの朝比奈さんに、ね。そう言って再び苦笑を滲ませた古泉(半月後)は
スッと俺に近づけていた顔を離した。そういえば顔近かったんだな、とか思いながら何気なく顔を上げて
視界に入った「俺」が顰めっ面であることに、うっかり気付いてしまった。そしてその理由にも
どうしてか気付いてしまって微妙に自己嫌悪である。やれやれ、俺はどんだけ古泉が好きなんだろうね。
「……で、この状況に説明つけてくれるんだろ?」
「説明ったってな。俺たちが代わりに学校行って、ハルヒの興味を他へ逸らしちまおうってことなんだが。
つまりお前は誰にもバレずに元通りって寸法だ。ま、大船に乗ったつもりで任しとけ」
おお、いつになく俺が格好いいな。ちょっと惚れそうである。というわけで手ぶらなんだコート貸してくれ、
と古泉の部屋の物色を始めた「俺」の後ろから古泉(半月後)が歩み寄ってきて手にした紙袋を差し出してきた。
さっきから気になっていたんだがどうもこれは古泉には合わないと思うんだよな。
「僕もそう思いますが、僕のものではありませんから」
「俺か?」
「ええ―――その恰好は、ちょっと刺激的すぎますからね」
瞬間的に、ウィンクを決めたその爽やかすぎる笑顔に頭突きしてやろうかと思った。
確かに現在の俺がまるで誰かの妄想を(誰の妄想なんだろうね本当に)具現化したような恰好であることは
不本意だが認めよう。それがバタバタと動いている内にどうしようもない感じになってしまっているわけで、
ろくに反論も出来ないのがなんとも忌々しいね。しかし頭が沸いてるのは半月経っても治らないようだな。
「あった。古泉ー、あ、半月前の方な。コートと鞄借りるぞ」
「え、あ、はい」
奥の部屋から「俺」が古泉のコートやら鞄やらを宣言通り持ち出して古泉(半月後)に押しつけていた。
ついでに俺が散らかしたままのコートも回収して自分が羽織り、
手に持った俺の携帯電話のストラップを指に引っかけて揺らす。
「俺たちのはこっちじゃ通じねえからこれ借りてく。連絡あったら古泉の使え」
俺が首を縦に振ったのを確認すると「俺」はさっさと踵を返し、心持ち足早に玄関へと向かう。
リビングの入り口で所在なさげに立っていた朝比奈さんと俺の横に膝をついていた古泉(半月後)もそれについていくので、
もう出るのかと納得して俺と古泉も玄関まで見送りに立った。
ポーチでファーストコンタクトしたそのときの立ち位置のまま向かい合う。
「つわけで、暫く掛かるだろうから待っててくれ。じゃ」
「お邪魔しましたぁ」
「良い休暇を」
そうして三者三様に退出の挨拶を述べると、嵐のようにやってきた三人はドアの向こうへと消えたのだった。