秋の月夜にゃ魔がくるぞ
 パイを焼くなら魔はかえる
 ランタン作れば魔はきえる

 やつらの好きなパンプキン
 今年もどうぞめしあがれ


 とうとう今年もこの日がやって来た。
どの家からも、朝早くからパンプキンの良い匂いが漂っている。 それは、それだけ今日のイベントがこの村では重要性があるということで。 ―――この村では自然災害が酷かった年に「魔」が村に降りてくると言い云えられていた。 そして実際に、「魔」は降りてくるのだ。今日、10月の終わりに。
 「魔」がやってくる理由は、山の食料が無くなったため人間を喰べにきただとか、 人間の手から山を守るために脅しに来ただとか、とにかく様々に伝えられており定かではない。 「魔」に狙われるのは幼い子供は勿論だが、特に限定されているわけでもなく。 すなわち、老若男女だれでも襲われる危険性はあるということ。

 そろそろ闇の住人が騒ぎだす頃か。 太陽は山の向こうへ沈みはじめ、空はパンプキンのようなオレンジに染まる。 この頃になるとようやく子供たちは、喰われては堪らないと家の中に引き上げてくるのだ。
 そうして今夜も何処かの家の戸がノックされる。
 応対するのは子供。ゆっくりと、外の様子を確認するために扉を開ける。 期待に満ちた顔であったり、恐怖に彩られた顔であったり。
 外に立っている(時折浮かんでいたりもする)彼らは、口を開いてお決まりの文句を紡ぐ。
「―――トリック・オア・トリィト……?」

 お菓子をくれなきゃ、悪戯するぞ。











































 この家のキッチンからも、焼けたパンプキンの匂いがする。 煉瓦造りのかまどの中から程良く焼けたパイが出てくる。一人分よりも少し大きいぐらいのパイ。
 しかし、勿論これは自分の分では無い。
「―――うん。上出来」
 満足げな顔で、皿にのせたパイを机の上に置いた。
 この少年の名前はイノリ。二年ほど前に両親を亡くしてから一人で住んでいる。
「後は……自分の分ば作らな」
 食料棚の中を覗き込み、此処にある材料で簡単に作れそうなものを頭の中から引っぱり出す。
 ふと窓を見て、もう大分太陽が傾いてきたことを知る。 このパイは昼頃から作り始めたのだが、作業に熱中している内に夕方になっていたらしい。 空は、名残惜しそうに残るパンプキン色からグレープのような濃紺へ変わっていく。
 そろそろ彼のやってくる時間だろうなと考え、 イノリは玄関に吊り下げている、くり貫いたパンプキンの中で立てたキャンドルに灯を灯す。
 これは「魔」に対する合図だから絶対に灯さなくては行けない。 ここに子供が居ますよ、もう準備が出来ていますよ、というサインだ。マッチの炎を手を振って消し、扉を閉めた。
 結局手軽な野菜のスープを作ることに決め、鍋で煮込んでいるとき。
 ―――コンコン、
 微かな音に、しかし静かな室内では簡単に気付くことが出来た。が、鍋の中のスープの所為で手が離せない。

 コンコン

 再度扉が叩かれる。
「もうちょっとやけん待ってり……」
 扉の外に向かって小さな声で答える。勿論その声が相手に聞こえないことに気付かない。

 コンコンコン、
 もう一度。
 コンコン、コンコン、
 段々叩かれる速度と強さが増してゆき。

 コンコン、コンコン、コン

「あーもううるさかねぇ!ちったぁ静かに出来ん―――」
「アRe、久しぶりなのにつれないNaァ?」
 ぎぃと軋みながら開いた扉の向こうに――誰もが畏れる「魔」が居た。 造形は人間と同じで、見た目にそうとは判らないような格好もしている。全く光を反射しない闇色の服に同じ色の外套と髪。 唯一、口から覗く白い牙と血のように紅い瞳だけが光を放つ。
「コテツ……」
 そしてイノリはその「魔」かれを知っていた。
「久しぶりちゅうか……一年ぶりやけんね」
 彼―――吸血鬼(ドラキュラ)という部類であるコテツは、毎年この家を訊ねてくる。 普通の「魔」は、一度行った人間の家には行かないらしい。けどコテツはずっと前から、同じこの家を訪れる。
「……イノリってば無愛想すぎるだRo!あぁもう逢いたかったんだZe!俺にとってHaたいしたことなくてMo 人間にとって一年Ga長いことは知ってるかRaイノリが寂しさで倒れてないか心配でしんぱ」
「はいはいっ分かったけん、ここ外!お隣に聞こえるやろ!」
「だってだってだって―――」
「あーもう!早よう中入りぃ!」
 そして毎年、この掛け合いは酷くなる一方だった。 抱きつかれ、泣きつかれ……一体どっちが子供なのだという程に駄々を捏ねる。
「あ、」
「どうしたん?」
 が中へ足を踏み入れた瞬間、外で声が挙がる。
「すっかり言うの忘れてTa。……Trick or treat?」
 とても今更な気がすると呆れた顔を向けるが、返答を期待してるのか笑顔で見つめられ、仕方なく、
「I give some treat!Therefore I want without attacking!……で良か?」
「オーケー。じゃ、おっじゃましまーSu」
 返事を返せば、何事もなかったかのように家の中に入り込んできた。

「今日Ha?」
 先にキッチンへ辿り着いていたコテツをダイニングへ押しやり、キッチンからパイを持っていく。
毎年同じ料理なのに、わざわざ今日は、と訊くのはやはり彼らと人間の時間感覚が違うからか。 ちなみに彼らは、人間の食べ物は食べれないこともないが一番の好物はパンプキンらしい。 最初は普通の人間の食べ物を食べられること自体に驚いたものだったが。
「パンプキン・パイ。去年よりヨーグルトば多めにしてみたんやけど……」
「……ん、今年のも美味いNa〜」
「良かった。今年も連れて行かれないで済むっちゃね」
「うーん……イノリ料理上手いもんNa……畜生」
「残念やったね〜」
 心底悔しそうな様子で、しかしそれでも食べる手は止めず。

 これで今年のハロウィンの話はおしまい。











































 おまけ。

「Haァー食った食っTa」
「ハイハイ、食べ終わったんやったら「魔」はさっさと帰りぃ」
「アレ?」
 コテツはにんまりと笑った顔を近づけ、
「これだけDe終わらせる気なNo?」
「……あのなぁ……」
 ため息を吐くイノリに更に詰め寄って。
お菓子をくれなきゃ悪戯するぞトリックオアトリート……?」
「――ッ、」

 Happy Halloween!
















041031.
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