「これから怨霊がどんどん強くなると思うの。だから四神の召喚が出来るようになりたいって思うんだけど」
 弁慶が福原から戻ってきた翌日、神泉苑でリズヴァーンと合流した望美は一行全員を集めてそう切り出した。 予言にも近いその唐突な言葉にその場にいた誰もが異論を唱えなかった。この一月弱の間、 白龍の神子の予知能力のようなものには何度も触れていたからだ。
「白……じゃなくて、星の一族の人が言ってたでしょう?」
「そういえば言ってましたね。八葉に宿る力の一つでしたっけ?」
「うん。八葉がそれぞれの四神に絆を認めて貰って初めて召喚出来る力なんだって」
 譲の言葉に望美が付け足す。唯一、星の一族を訪れていなかった九郎は不思議そうに彼女に向かって首を傾げた。
「それは、八葉が四神に会わなくてはいけないということか?」
「そうなるね」
 こくりと望美が肯く。
「その肝心の四神は何処に?」
「うん。最初は京に居たんだけど、今は……ちょっと理由があって、四神はあちこちに居るらしいの」
「あちこち?」
「何処に居るのか分からない、ということかい?」
 ヒノエの言葉で一行の間に沈黙が降りた。弁慶が深く息を吐いて、ゆっくりと口を開く。
「捜しに行かなくてはいけないのですね?」
「そうなんです。それで居場所について考えがあるんですけど……」
 問うた弁慶自身も芳しい答えは想像していなかったのだろう。望美の控えめな言葉、 けれども前例があり信頼のおける予言を度々口にする白龍の神子の言葉に、軽く目を瞠って弁慶は先を促した。
「どうぞ」
「まず青龍は東。京から見て東は―――鎌倉。次に朱雀は南だから、熊野。白虎は西で屋島。玄武は北の倶利伽羅峠」
「……成る程。悪くはない考えでしょう」
「本当ですか?」
 弁慶の言葉に望美は目を輝かせた。どういうこと、と弁慶の袖口を引く白龍に彼は丁寧に解説を始めた。曰く、 それぞれの場所が八葉、というよりは源氏として関わりの深い場所であるということ。 戦のあった場所や攻めなくてはいけない場所だ。神の降りることが出来るような自然に出来た洞穴など神聖な場所が存在する ということ。その説明に僅かに俯くと納得したように白龍は頷いた。そして確かにその地には神が居るね、 と笑んだ。少年の言葉によって居間に先が見えたことに対する安堵と、 またもその地を当ててみせた神子に対する僅かな畏怖が流れる。気付いていて、望美は敢えて何も言わなかった。 その異質な空気に気付いているのかいないのか皆が黙り込む中、九郎は望美に問うた。
「いつ行くつもりだ?」
「えっと、今度の戦が終わったら熊野へ行くって聞きました。そのときに、出来れば夏の間で」
 彼女の言葉に目を瞠ったのは譲と朔だ。
「三草山の戦が終わったら、熊野?」
「随分先のことまで決まってるのね」
「……よく知っているな?」
 逆に九郎は不審げに眉を寄せ、景時と弁慶も少しだけ険しい顔つきになる。 ハッと息を呑んだ望美に詰め寄ろうとした九郎をリズヴァーンが静かに制した。
「選択肢を与えたのは私だ」
「どういうことですか、先生」
「京は次の戦についての噂で持ち切りだ。それは大方間違った情報ではない。だから私が神子にその噂を教えた」
「そうですか……。すみませんでした」
 九郎はリズヴァーンに頭を下げると次に望美に向かって短く謝罪の言葉を口にし、再び口を開いた。
「だが、お前解って言ってるか?その四ヶ所がどれだけ離れていると思っているんだ」
「知っています。でも三草山の戦を早めに終わらせれば出来ますよね?」
「言われるまでも無い。が、それでも無理だ」
 九郎がゆるりと首を横に振ったのを見て、こうならどうですか、 と望美は卓の上に用意していた地図を広げ迷い無く指を滑らせ始めた。自然皆が卓の上に身を乗り出す。 彼女が始めに指差したのは丹波と播磨の境辺り。件の三草山だ。
「屋島は譲くんと景時さんが居れば良いので、九郎さんは三草山の兵を率いて京に帰らせてください。 私たちはその間に明石から絵島、勝浦、屋島。九郎さんと合流したら勝浦から舟で熊野へ。それから伊勢を通って尾張、 遠江、駿河の国を通って鎌倉。竹生島まで戻って火打、篠原、倶利伽羅峠。 将臣くんとは熊野か鎌倉で合流します。どうですか?」
 彼女の案を黙って聴いていた九郎は口元に当てていた手を、同じように地図に這わせる。
「二つある。一つは俺と望美たちが屋島で合流すること。これは日程的に難しくは無いか?二つ目は将臣だ。」
「九郎さんなら早馬があれば追いつきます。将臣くんは熊野で夏に会う約束をしました。絶対に会えます。他には?」
「……いや……随分と無茶な要求をする」
 予想通りといった体で直ぐさま切り返してきた望美に、九郎は苦い顔で息を吐いた。 それに笑顔を向け、弁慶はくすりと笑う。
「良かったですね九郎。望美さんは君の力を信じて言ってくれてるんですよ」
「ああ。無茶だが、出来ないことはない。追いついてみせよう」
 慢心では無く確信の声音で応じた九郎に望美も頷いて返した。
「僕も良いですか?」
 弁慶がゆるりと手を挙げる。
「はい」
「屋島と熊野は良いでしょう。ですが残りの二ヶ所を夏の間に回りきるのは無理です」
「そう……ですね。じゃあ熊野から吉野、京、火打、篠原を通って倶利伽羅峠へ行きましょう。 鎌倉へは秋でも大丈夫だと思います」
 弁慶の言葉に望美は僅か逡巡して、再び指で地図を示す。彼女の指先は先ず、 熊野本宮から十津川を遡るようになぞって吉野。京の都を越えて琵琶湖の縁を越前方面へ。 それから真っ直ぐ倶利伽羅峠を辿った。言葉を切った望美に再び訝しげに弁慶は返す。その意を汲んで続けたのは九郎だ。
「……秋、ですか?」
「無理だ。恐らく秋には戦があるだろう。三草山を落とせば、次は福原だ」
「え……っと、なら福原のあとで構いません。福原の次は屋島ですね?少なくともその戦の準備に一月は掛かるでしょう」
 淀みない望美の言葉に九郎は僅か唸り、本当に良く知っているな、とぼそりと呟いて口を閉じた。 次に望美が弁慶や景時に視線を遣れば彼らも考え込んでいるのか地図を眺めながら押し黙っていた。 意見を聞こうと辛抱強く待っていると代わりにヒノエが口を開く。
「素晴らしい采配ぶりだね、神子姫。オレからも一つ良いかな?」
「うん。なあに?」
「明石から絵島を経由するのはあまりお薦め出来ないね。無駄足だし第一に危険だ。 オレが水軍の舟を一艘出してやるから、明石から直接屋島へ行くと良いよ。それから、 熊野と鎌倉の往復も出来るけれど。……どうする?」
 探るようなヒノエの視線に、望美は素直に笑顔を向けた。
「本当に?出してくれるの?」
「ああ。神子姫たっての願いだからね」
 叶えてみせるよとヒノエは片目を瞑ってみせたのだった。それを横目にようやく弁慶が顔を上げ、 纏めるようにヒノエの言葉を継いだ。
「そうすると……屋島、熊野、鎌倉、倶利伽羅峠の順ということになりますね。 九郎は直接熊野へ向かった方が良いでしょう。熊野水軍の足は速いですから」
「承知した」
「だそうですよ望美さん。少し辛いですが、やるのですね?」
「はい。勿論です」
 力強く彼女が肯けば、ぴんと張りつめていた空気がゆるやかに解け始めた。 疲れたとかお茶を入れてくるとか会話が増えていく中で、望美は九郎の側に行って膝を突いた。
「何だ?」
「あの、九郎さん。やっぱり勝手に行くのは駄目かなって思うんで、 頼朝さんに頼んで貰っても良いですか?神子と八葉の務めで熊野以外にも寄るって」
「兄上なら気になさらないと思うが……いや、ご報告した方が良いな。わかった。俺が文を……」
「あ!それならオレが言っておいてあげるよ〜。九郎は戦の準備で忙しいでしょ?」
「え、あ、ああ……」
 図っていたとしか思えないような絶明のタイミングで会話に割り込んできた景時に、 九郎は目を瞠って不思議そうに彼の提案を了承した。望美は一瞬だけ眉が寄ったのを自覚していたが、 笑顔で「じゃあお願いしますね」と返した。

(やっぱり。この運命でも駄目なんだ)
 軽い喧噪の中早速部屋を出ていった景時の後ろ姿を見て、望美は密かに溜息を吐いた。

















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