「というわけでさ、悪い。俺はこの人たちを送ってかなきゃいけないから」
 何でもないようにそう言って、有川将臣は肩を竦めながら此処でお別れだ、と口にした。
 白龍の神子一行が京に辿りついて一月弱。弁慶が今後のためにと福原へ偵察に行き、 戦力増強にリズヴァーンを誘うことを提案した望美と共に鞍馬を訪れる途中で、ヒノエや将臣と合流した。 今は鞍馬の庵に居なかったリズヴァーンを捜して怨霊退治がてら神泉苑に向かう途中だった。そこで、 野党に襲われている少年と老婆に出会った。とりあえず野党を退けて話を聞いてみれば彼らは将臣の世話になっている家の人間で、 彼を捜していたのだという。そして将臣は当然のように二人を送っていくと、そう言ったのだった。
 あっさりと踵を返した将臣に血相を変えて食いついたのは、例によって彼の実弟である譲だ。
「勝手すぎるよ兄さん!」
「聞き分けてくれ、譲。こればっかりは駄目だ」
 将臣は静かに首を横に振った。彼の瞳に絶対に揺らがない意志が宿っていることに気付いて、九郎は深く息を吐いた。 良く言えば自分の意志を貫き通すことが出来る人間。悪く言えば頑固。それは短い間で九郎が知った、彼の性格だ。 恐らく将臣は此方が何を言っても頑として意見は曲げないだろう。(それでなくても世話になっている身なのだから、 無事送り届けなくてはいけないのは当然だろうが。ましてや彼を捜しに来たのなら。)
 固い決意にそれでも譲は納得できないのか、望美に視線で助けを求めた。 成る程彼女なら引き留め役には適任かもしれないと密かに納得する。しかしその視線に気付いていながら尚、 彼女は後ろ手に組んでこう言ったのだ。
「そっか。将臣くん気をつけてね」
「望美……?」
 将臣との再会を一番喜んでいた彼女が一番聞き分けが良かったことに酷く驚いた。周りも同じような反応ばかりだから、 最悪引き留めるまでもいかなくともせめて残念そうな表情ぐらいは誰しもが想像していたのかもしれない。 だが予想に反して彼女は明るく餞別の言葉を贈っただけだった。将臣も望美からの糾弾を覚悟でもしていたのだろう、 一瞬驚きをその顔に浮かべたがすぐに笑みを浮かべて嬉しそうにさんきゅ、と一言言った。
 その、神子と八葉や四神の八葉同士とも戦友や師弟とも違う、幼馴染みという特別な関係が九郎には眩しく映った。 けれども所詮彼にとっては壁一枚向こう側の眩さに、僅か目を眇めながら九郎も声を掛けた。
「道中気をつけろよ、将臣」
「さんきゅ。じゃ悪い、望美を頼むぜ」
「ああ。任せておけ」
 くしゃりと望美の髪を撫でつける彼の行動を眺めながら、信頼に応えるべくせめてもと力強く答えてみせた。 それに満足そうな顔をして将臣は再び一行に背を向けた。結局譲も望美の一言が決定的だったのか、 未だ不満そうにしながらも兄を案じる言葉を口にするだけだった。
 緩やかな丘陵になっているその路から将臣が消えた頃になって、それまで黙って静観していた少年が口を開いた。
「大丈夫、天の青龍とはきっとまた会えるよ」
 白龍はそう言うとにこりと微笑んだ。
「まあ、本当に?」
「うん。今すぐでは無いけれど……また巡り会う運命だよ」
 嬉しそうな朔の表情を見て白龍も一緒に喜んでいる。そんなにアイツが良いなんてちょっと妬けるね、とはヒノエだ。 景時が良かったね、と言えばそれには譲がなんとも微妙な表情で返していた。
「……そうだね。もうちょっとしたら会えるよね」
 着物の袂をぎゅっと掴んで呟いたのは望美だ。
「わかるのか?」
「あ、いえ。えっと、なんとなくです」
 九郎が問えば、彼女は誤魔化すように曖昧に笑った。 平然と将臣を送っていたように見えて恐らく彼女が一番彼と離れたくなかったのだ。 不安そうに俯く姿を見て九郎も少しだけ同調しそうになる。 きりりと胸が痛むのを感じながら心中で彼女を落ち込ませている将臣を口汚く罵ってやった。











































「神子。地の朱雀が帰ってきてるよ」
 京の町中に入って暫くすると、白龍が顔を輝かせ望美の手を引いて梶原邸へと急かした。
「弁慶さんが?残念。将臣くんと入れ違いになっちゃったね」
 みんな揃ってた方が戦闘が楽なのになあと望美が心底残念そうに言った。 横を歩いていた九郎は彼女の言葉に同意するように頷いて肩越しに景時を振り向いた。
「ああ……弁慶なら将臣のことを気に入るだろうと思ったのだが……残念だ。なあ、景時?」
「えっ?ああ、うん、そうかもねー!」
 その彼の言葉に、景時は苦笑で返すしか無かった。
九郎は夢にも思っていないようだが恐らく、弁慶は将臣を歓迎しないだろう。正直、彼は怪しすぎた。 将臣も少しの事情は話してくれたがそれはますます疑いを濃くするだけだ。素性の知れない人間として、 景時も在る程度疑いを持って将臣に接していた。勿論将臣もそれには気付いた上であえて何事もなく振る舞っていたようだ。 しかし悲しいかな、景時とヒノエ以外の大多数が彼には欠片も疑いを持っていなかったらしい。
 望美や朔は当然だとは思うが、源氏の総大将である九郎に関してはもう少し何事も疑うことを覚えて欲しい、 と軍奉行は密かに嘆いた。

















070104.
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