「どこから気付いていた?」
ペンの走る音が途絶えると共に投げかけられる声。
「何が?」
「起きていたことに気付いていただろう。お前は」
「途中からはね。いつからかは知らないけど」
ギッとチェアの軋む音がした。イザークが立ち上がる。
「終わったの?」
「元々少なかった」
そう言ってどさりとソファに腰掛けた。イザークは長く溜息を吐く。
アスランはそっと銀の髪に指を差し入れ、感触を楽しむ。髪を撫でる手はそのままに、反対の手で彼の躰を引き寄せた。
そしてその感触に少し顔を眉を顰めた。明らかに、一ヶ月半前に抱きしめたときよりも更に細くなっている。
強く抱きしめて言う。
「……また、痩せた」
「煩いな。減ってない」
「ふうん……体重、減ってるんだ」
「……あー……」
アスランの言葉に、イザークはしまったという表情をありありと浮かべた。ディアッカかシホ辺りにいつも言われていたのか、
つい口にしてしまったという感じだ。
改めて彼の顔を見てみれば確かに随分と顔色は悪いようだった。角度によっては青ざめているようにも見える。
「三食ちゃんと食べてる?」
「食べてるさ」
「栄養剤と朝のコーヒーを数えなくても?」
躰が一瞬強張った。
「……勿論。」
視線は下に落とされたまま、か細い声で返事が返ってきた。
予想するまでもなく分かり切っていた答えにやはり、と深い溜息を吐く。
本人は一日抜いても大丈夫だと思っているようだが、日々蓄積されているそれらに躰の方が先に悲鳴を上げている。
「明日は俺が作ってあげるから……家帰ろう?」
「時間が勿体ない。第一お前がうろうろしてると目立つんだ」
「夜中だから大丈夫だよ。それに帰り道はちゃんと確保してあるから平気だ」
納得させるように微笑む。それに絆されたわけでは無いだろうが、イザークは諦めた様子で口をつぐんだ。
沈黙は是と捉え立ち上がる。同じく立ち上がろうとする彼を手で制して、抱き上げた。
「おい、何をする……っ!」
「エレカも俺が運転するから、イザークは寝てて良いよ」
「馬鹿言え……こんなんで歩けるか!」
「大丈夫、誰も居ないよ」
抱き上げたイザークの躰にいくつもキスを降らしていると観念したのか抵抗が無くなった。
肩に掛かる重みを噛み締めながらパネルに触れ、外に出る。
通路には誰も居なかった。角を幾つか曲がっていく度に段々と点いている照明の数が減っていく。
やがて非常用らしき狭い階段を降りてドアを開けると、無機質な灰色の建物の向こうに人口月の浮かぶ夜空が覗く。
吹き込んだ風の寒さに身動いだらしいイザークが、不思議そうに声を上げる。
「どこだ……ここ……?」
「裏口」
「……どこだ、それ」
半ば予想しつつあった問いと応えにアスランは軽く笑って、もう一度裏口だと口にする。
寂れた雰囲気の漂うそこは確かに裏口と言うに相応しい場所だが、プラントの建物やザフトの基地には不釣り合いなのだろう。
イザークの疑問は尤もだ。
アスランは側に堂々と停めてあったエレカの助手席にイザークを下ろすと、自分は運転席に回ってシートに収まった。
フルオートだった運転設定をマニュアルに切り替えると静かに走り出した。
「何食べたい?」
「何でも構わないが、家に食材はないぞ」
「そこら辺は抜かりないよ」
「……初めから上がり込むつもりだったのか、お前」
呆れたように溜息を吐くイザークはそれでも拒絶することなくアスランの訊ねるままマンションまでのナビゲートを行った。
部屋に辿り着いて着替えた彼は、アスランが料理している間はソファーに大人しく座っていたようだったが
気付いたら蹲って眠っていた。やはり躰は限界だったのだろう、先程よりも深い眠りだ。
「無理ばっかするから」
日々ぼろぼろになっていく彼に、何も出来ない自分が歯痒い。無理をして欲しくないと心底思うが、それはアスランのエゴで、
だから彼に押しつけることが出来ない。イザークとアスランの立っているところは違うのだから。
何よりも大切な人だからこそ、その人の願いを叶えたい。
溢れ出るほどのやりきれなさを胸に抱えて、せめて今だけは安らかにあれと祈って、彼の額にキスをひとつ落とした。
060505.
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