白と紅のコントラスト。
白いクリームに銀のフォークを押し当て、鋭角の部分が切り取られる。
中から薄い黄色のスポンジ生地と白いクリーム、そして薄く紅の層が覗く。
 フォークが口の中に入れられ、消える白と紅の断片。
 そして再び皿の上に戻るフォーク。

 目の前に、ショートケーキがひとつ。








ショートケーキをひとつ








 程良く味の調えられた少し熱めのカプチーノを口にしながら、俺は目の前で次々と消えてゆく甘い塊を見ていた。
甘い塊の正体は様々な種類のケーキだ。白だったり栗色だったりカラメル色だったり。 それらは見た目にもとても美味しそうな色や形をしていて、 勿論有名なケーキ店に併設されているカフェだから味だって折り紙付き。連日満員の超人気店。
 そんな人気店に運良く入れた経緯は省くとして、俺はケーキを食べるために此処に来たわけなのだが。

 美味しそうなケーキを前に俺の前にはカプチーノがワンカップ。

 それだけしか頼まなかったのは、先程からとてもケーキを食べる気がしなかったからで。
おしるこには及ばないが、俺もケーキは好物。違うシチュエーションだったらきっと食べてただろう。
 じゃあなんで食べてないかって?
 そりゃ俺の食欲が失せた原因があるわけだが、原因を作った張本人はというと、 実は目の前でケーキを食べる猪里だったりするのだ。
 俺は周りに甘党だとよく言われる方だが、猪里だって負けちゃいないと思う。 証拠に、偶々帰りに寄ったカフェに入って十数分。 テーブルには既に空になった皿が数枚、ケーキ店なのだから勿論全てケーキ。 さすがの俺も5皿はちとキツい。どころか入るかどうかさえ怪しい。……否、きっと入らない。
 そう考えてる内にも更に一皿テーブルに運ばれてくる。
 思わず漏れる呻き声。
「うGeェ、まだ食べるのKa……?」
「何言うとんの?こんなのまだまだとよ?」
 彼はさらりと言う。猪里は正直な奴だから、本当に平気なのだろう。
「……。」
 胸焼けとか起こさないだろうかと猪里を心配する前に、見てるこっちが先に倒れそうだ。 これだけ食べても彼は殆ど体重増えないのだから、世のお嬢様方はさぞかし羨むだろう。
 俺が下らない考察を続けていると、何を勘違いしたのか、
「もしかして、食べたいとね?」
 と、野球やってるとき並にそれはもう鋭い眼差しで睨んでくる。猪里は食べ物に関してはいつも厳しい。
 当然カンマ一秒で脳裏に浮かぶアンサーは、ノー。全力拒否だ。
「い……いや、遠慮しとKu」
「ふぅん……珍しかね、虎鉄が甘いものば食べんと」
「そうKa?」
「うん」
 そう返事してぱくりとケーキを頬張る。
どうやら猪里も周りと同じように、俺が相当の甘党だと思っているらしい。 この状況下でそれが言えることが不思議な位だが。
 そんな俺を余所に、猪里は幸せそうな表情を浮かべて言葉を続ける。
「はぁー美味かねぇ……。さ、次何にしよか?」
 但し、先の質問とは全く関係ない事。 流した話題に触れる様子は無いらしく、視線は完全にメニューに向いている。
「……って、まだ入るNo?」
「だからまだまだちー言うとっとね。もう、ちっと黙っときぃ」
 黙れと言うがそれはやはりポーズだけで、側を通りかかったウェイトレスにケーキのオーダーをする。 もはや止める術を俺は持たないらしい。
(まァそれはそれDe良いんだけDo……可愛いSi……)
 猪里が食事をしているときは体中から幸せオーラが漂ってる。機嫌も良い。そういう猪里を眺めているのが好きだ。
―――なんて思考は、危ない兆候だろうか?











































 そしてまた一皿、運ばれてきた、ショートケーキ。
「あRe?それ最初に食べてなかっTa?」
 ふと浮かんだ疑問を言葉に出す。
猪里が最初にケーキを二つオーダーしたことに驚いた覚えがあるから、多分あってる筈だ。 最初の二つはショートケーキとブルーベリータルト。その次がモンブラン、ティラミス、ザッハ・トルテ、 ベイクドチーズケーキ、キャラメルポワール、そしてさっきまでは苺のミルフィーユ。
「むっ……」
 ぴくりと眉を動かして、入れる寸前だったケーキを口から離す。 そうしてぼそりと漏らした一言に、俺は瞬間動きを停止せざるを得なかった。
「……覚えてないと思っとったんに……」
 そして続く、
「食べるとこなんじろじろ見てるんやなか……っ、……は、恥ずかしい…やろ……!」
 言葉と共に段々と朱さの増す猪里の頬。そのまま逸らされる視線。奇妙なほど長く感じられる不自然な数秒の沈黙。 周りの喧噪は消えてはいないのに。この領域だけ切り離されたような。
「エーTo……」
「せ、せからしかっ……ちょ、ちょっとで良いけん黙っとき!!」
 先程と同じ台詞の、しかし全く響きが違うその言葉に、仕方無しに開きかけた口を閉じる。
(エーTo、つまり……)
 依然逸らされたままの視線。朱く染まった頬。俯いた顔。焦った口調。つまり。
(う……Waっ……恥ずかし)
 しばらくの後辿り着く結論に、今度は自分の顔を手で覆う。
 多分猪里はそう考えたのだろう。そして俺はそれを無意識でやっていたらしい。今の今まで気付かなかった事実だが。
 ケーキの種類全部言える奴、 しかも相手の食べたケーキなんて―――普通・・覚えてないだろう?
(案外俺っTe記憶力良いのかもNa)
 ぼんやりと考えつつ、未だダメージの回復を終えていないらしい猪里にさらなる一撃を加える。
「そう照れるなっTe、猪里のことなRa全部覚えてるZe?確か先週遊びNi行ったときHa……」
「わーっ!ちょ、も……もう良か!」
「俺の愛NoパワーだZe〜」
「くっ……くらす!絶対後でくらしちゃるけん……ッ!」
 すっかり調子の戻った様子の猪里に追い打ちをかけながら、食べかけのケーキに目を遣る。
 このカフェには沢山の種類のケーキがあるにも関わらず再び選ばれたショートケーキ。 只単に食べたかっただけなのか、それとももう一度ショートケーキでなくてはいけないわけがあったのか。 理由は分からないけれど、また一歩猪里に近くなったことの謝辞を、紅い苺に。

(……センキュー・ベリー・マッチってとこかNa?)







ショートケーキを見てると彼を思い出すから、だから二回頼んだなんて絶対秘密。








041114.
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