A lot. act.8



「出張?」
「ん。なんか……急に決まったんよ」
「へえ、ほんと急だNaァ」
 チェアに腰掛ける虎鉄は不思議そうな表情を浮かべているもののどこか嬉しそうだ。
出張というのはACAの技術を買ってくれた国家に生産交渉を取り付けるため、 所長と各棟長それから数体のACAを連れてその国へ赴くという内容である。 勿論そのまま彼らは予定通り戻らず、運良く爆破にも巻き込まれなかった奇蹟の生還者たちと謳われるのだ。
 その国へは輸送機に乗って赴く。空の近くを飛ぶことの出来るそれに乗ると知って、彼は自分のことのように喜んだ。 前に猪里が空が欲しいと言ったのを覚えてくれたからだ。 彼は良かったなと言って、それから青空だと良いな、と笑った。もうひとつ、自分が見せてやれなくてごめんな、とも。 その言葉に熱いものがこみ上げてくる。
「明日だRo?Ah、俺もちょうど予定Ga入ってるかRa……というか入れたんだろうNa、棟長がSa」
「え……よ、てい……?」
(―――聞いてない)
 さあっ、と一瞬にして溢れ出そうだったものが引いた。
 外へ出ることがある予定であって欲しいと願う気持ちと、それは絶望的な程ゼロに近いという焦りがせめぎあう。 もし地下実験場に籠もるような予定であったら、どうすればいい。爆発までに逃げることは絶対叶わないのだから。
「ど、どんな予定なんね?」
(逃げ道に、一番近い場所であって欲しか……)
 どうか神が居てくれるならと。思ったことなど一度も無かったのに。

「マザーの点検とKa……、あ!新作のテストプレイNo指揮も任されたんだZe!凄いだRoー」
 ああ、神はどこまで。

(……残酷ていうんは……こういう、こと)
「そんな……」
 テストプレイとくれば一番大きな第二研究室内の地下実験室でしか行わない。地下三階から二階へ高く天井がとられている場所で、 入り口は地下三階部の一ヶ所しか無い。モニタールームからは一度階段を降りなくてはいけない。
 そして研究室を出た後も問題なのだ。 地下一階までは、動線を考えて分かり易い位置に階段が作られているが、この研究所が軍事施設であると考えれば、 それがあくまでも『比較的』という注釈の付くレベルでしか無いと判る。
分かり易いという地下一階までの階段もそうだが地下二階以下の階段は特に、 侵入者が素早く内部で動けないよう、位置が対極であったりドアに隠されていたりと、容易には見付からないようになっている。
だから常時はロックのかかっている便利なエレベータを使うのだが、勿論ここから逃げる際に、 彼らがそれを稼働させておくとは思えない。電力供給を絶ってしまえば、それはただの鉄の箱だ。
 つまりどうあっても所長らは事情の知らない者たちを逃がす気は無いということだ。
「虎鉄……ッ、」
「どうした?」
「あ、……いや、なんでもなかよ」
 危ない。言ってはいけないという命令を危うく違えるところだった。
虎鉄がこのことを知れば確実に行動を始める。それが所長に知られれば、爆発時といわず今すぐ虎鉄は殺されてしまう。 そして自分も無事では居られないだろう。漏れるとしたらここからしか無いから。
「がん―――ん、行ってらっしゃい」
「……?おう?」
 これから起こることが分かってるのに、頑張って、なんてとても言えなかった。

(俺に出来るこつ……少しずつやってこう)
 彼を、逃がすために。













































「よおーし、全員居るなァ?」
「いえ、まだ"X-7"と"X-16"、それから屑桐無涯も居ません」
「ほー?あの屑桐が時間に来てないたぁ、珍しいな」
 蒼天の下、激しく風の吹き荒ぶ屋上ヘリポート。出張に行くメンバーがまばらに集まっている。
既に大半は大型輸送機の中に入って暖を取っているが(ここはとても寒いのだ)、羊谷と牛尾と録がまだその場に居た。 録はそわそわと落ち着きなく動き回り、頻繁に屋上の入り口と牛尾の顔に視線を向ける。
「あ……あの、」
「どうしたんだい録?」
「……、」
 とうとう耐えきれなくなったのか声を発する録に、彼の先の様子を知っていながら尚穏やかに牛尾は問いかける。
「……もし、残りが来なかったら、どうするんですか?」
 数瞬悩むも、結局録は問うことを選んだ。
牛尾や羊谷は頭がいい。もしかしたらこの質問から猪里の考えまで悟られるかもしれない。 しかし大事なマザーの記録をおいそれと処分することは彼らにも出来ない筈で、それなら猪里が処分される可能性も少ないと考えた。
猪里には悪いが、録にとって、虎鉄を助けたいと思っている猪里の心よりも猪里自身の方が大切なのだ。
「そうだな……どうしましょう所長?」
「うーん、Xシリーズは勿体ないから強制的に動かすだろうが……屑桐は切って捨てるな」
「……屑桐、どうして来ないんだろう……」
(良かった……)
 猪里は平気だ。屑桐さんも、多分戻ってくる。それに録は安心して、一礼して輸送機の中に駆けていった。

「……困りましたね、Xシリーズがそうなるとは」
「全く予定外だ。いや、全く予想通りとも言えるか……」
「或いは彼らだからこそ、と?」
「そうさな。まァ、あいつらなら地下だろうが逃げ出せるから……警告の意味も兼ねて一発」
 どうだ、と訊ねながら軽く右手を掲げ、スイッチを押すようにボールペンを一度ノックした。
牛尾は、珍しいアナログのペンにかその案にか少しだけ瞠目した後、微笑んだ。
「ああ、それは良い案ですね」
「少し早いが、いいだろう。ほれ、スイッチ持ってこい」
「わかりました」
 輸送機に向かって踵を返した牛尾は羊谷に聞こえないよう、苦笑気味に呟いた。
「全く……『心』というのは厄介なものだな」













































「こて……つっ!」
「―――?」
 聞き慣れた声がして、しかしそれは有り得ないだろうと振り返る。
予想通り猪里がそこに居たので思わずハンディコンピュータを確認してから、首を傾げた。
「猪里?どうしたんだYo、もう出発だRo?」
 確か彼の集合時間は今から五分後だった気がする。しかし十分前集合が原則だから、もう行って無くてはいけない時間で。 もう一度手元のコンピュータで時間を確認すると、時間過ぎてるぞと付け加えた。
「そう、だけど……」
 言葉を濁してその場で俯いた猪里を怪訝そうに見つめる。 何か様子がおかしいことは判る。判るが、何故おかしいかは当然判らなかった。 こちらの集合時間もある上に彼が判らないことで更に苛々が募り、急き立てるように繰り返す。
「何だYo猪里。行かないのKa?」
「行く、行く……けどっ……!」
(踏ん切りが―――つかない)
 言ってしまったら、今すぐ彼が殺されるような気がして。
 ここ数日、夢を見るのだ。
真実を告げた瞬間業火に焼かれる彼の躰。伸ばした自分の腕はあまりの熱さに表面が爛れ、中の金属部は高温に熱せられる。 その手で彼を掴んだ瞬間、金属の熱さに腕を振り払われ、彼が、炎に沈んでいく―――そんな夢。
 勿論機械である自分が夢を見るとは思えないけれど、確かに、意識を落としている間に何かを視ている。 人間はそれを夢と呼ぶと知って、ならば『心』の在る自分がそれを視てもおかしくは無いのではないかと思った。
 夢は夢でしかないのは解っている。だがその夢がいつ現実になるか、その技術が此処にはあるから怖いのだ。
(だから、言うのが……怖い)
 怖いのに。
「どうしたんだYo。念願の空が見れるんだZe?出張、頑張れよNa!」
 そうとは知らず、握り拳を作って軽く掲げる虎鉄は、やはり笑顔だった。
 タイマーが進んでいく。爆破予定時間が刻々と迫っているのが解るのに、肝心の言葉が出てこない。
(ああ……)
 駄目だ。遠回しに逃げて欲しいと伝えるつもりだったが、その言い回しが頭をどんなに回転させても出てこない。
こんなこと無かったのに。機械としてロボットとしては失格だけれど、『心』があるものたちにとってこれは正しいのだろうか。 この状態が合格であるのだろうか。もし、これが合格であるのなら。
 そうなるかも判らない未来を怖がるよりやらなくてはいけないことがあるのなら。
「逃げりぃ……!」
「Hah?何でだYo」
「とにかく早く外に!出来るだけ遠くに……今すぐに!」
「え、ちょっと……話が、見えな―――」

 ドォンッ!

「―――!」
「えっ……嘘……やろ……?」
 大きな音に、虎鉄は勿論猪里も一瞬息を呑んだ。
予定時刻はまだ先だ。輸送機が安全な位置まで離れてから、遠隔操作で爆破させる筈で。けれどどう考えても今の音は。
研究所内の各所に仕掛けられた爆破プログラムが誤作動したのだろうか。或いはこれが本来のシナリオなのか。
 そう考えて―――これは警告だ、とようやく思い当たる。此方はいつでも準備は出来ているぞ、という。
「爆……破Ka……?」
「……そう。これで、信じるやろ」
 焦燥と憤怒と愛惜を押し殺して、告げる。真実を告げるのは、『心』がとても痛い。
「……猪里?」
「第七セクションの……倉庫を抜ければ、外に出られるけん」
「ちょっと待てYo猪里!そんなNo、聞いてないZe!」
 困惑を浮かべた表情にぐっと言葉が詰まった。それでも虎鉄を逃がすために、止めず続ける。
「当たり前っちゃよ!副棟長以下全員処分が……所長の決定なんよ!」
「そ……んな……」
 崩れ落ちるかと思った。けれど彼は呆然と立ち尽くしたままだった。あるいはそちらの方が予想通りであったかもしれない。
 そしてまたひとつ、爆破音が響く。今度は先よりも近い位置だと悟り、ぞっとした。 所長や棟長は、何処まで自分の動きを把握しているのだろうか。『心』までも、彼らに知られているのだろうか。
(いや今は……そげんこつ良か)
 人間がするように、気分を落ち着かせるために空気を大きく吸い込み、ゆっくりと吐いた。

「俺は!」

「……?」
「やけん、俺は……虎鉄を見殺しにするなん、出来んかった!」
 ただ命令のまま人間を殺すなんてことは、もう出来ない。大切であるなら、尚更。
「もう俺は、黙って命令されるだけの……ただのロボットじゃなかね」
 ―――魔法をかけてやるZe!
 そうやって虎鉄に魔法をかけてもらってから、確実に自分は変わった。
笑うことを知った。楽しいことも知った。悩んで苦しくなった。人を、好きになった。
あれは本当に魔法だったのだ。それを奇蹟と呼ばないのなら、何を奇蹟と呼べばいい。
もう自分は昔のような、人を見殺しにして何とも思わないロボットじゃ、ない。機械だけれどもちゃんと心を持っているのだと。 それも贋物の『心』なんかでは無く、関わりの中で生まれたものを。
 だから。

「虎鉄、魔法を、ありがとう」

 浮かべている表情は笑顔になっているだろうか。
 視界がぼやける。頬を伝う感触に、涙を流しているのだと知った。
 ほら、ちゃんと機械でも心があるから、涙を流すことだって出来る。
 ぼやけた視界のまま、来た道をまた全速力で走って戻る。長い通路を振り返らずに走る。
「猪里ッ!」
 振り返ることは出来ない。早くヘリポートに行かないと、所長が強制的に爆破システムを作動させてしまう。
 本当はヘリポートに一緒に行きたい。本当は自分の手で逃がしてやりたい。本当は本当は、
(一緒に―――)

「でMo……!」

 思わず、脚を止めて振り返る。
「でも、魔法はずっと続いてるかRa!解けないかRa!」
「―――、」
「猪里Ha……立派な、人間だZe……ずっと」
 その笑顔は、一生の宝物だと思った。一生、忘れない、忘れられない、宝物。

「―――ありがとう」

 走った。
 最後に一つ、背後から大きな爆発音が轟いた。

















051228.
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