A lot. act.4
彼が扱いにくいACAだと呼ばれる理由は、初日に理解した。
コンピュータのキーを打ちながら、後ろに居るはずの彼に話しかける。
「だからSa……敬語、止めNaい?」
「副棟長に敬語で接するのは当たり前です。観察官であるならば、尚更そうでなくては」
「ええ?違うTo思うけどNaァ……?」
いっそ嫌がらせではないかと思う程、気持ち悪いくらい、彼はへりくだる。
そう、気持ち悪いぐらいそれをやるものだから、こちらとしては段々と苛々してくるというもので。
「……止めNaい?」
「出来ません」
「……。」
先程から同じ問答が五度繰り返されたが、どれも最初と結果は変わらない。
このACA―――猪里猛臣とフレンドリーにしたいからとかいう下心以前に、
敬語というのは虎鉄にとってどうも好きになれない言語形態のひとつだ。
勿論TPOはわきまえているから、目上や初対面の人に向かって要求することは無い。
猪里とはあくまでも友達という関係でありたいと思うから、言っているのに。
そうでなくても彼とは観察という名目上ほぼ24時間一緒に居なくてはいけないのだ。
このまま過ごせば必ずや自分は精神疾患になるだろう。
誰だって我が身は可愛いように自分をそんな境地に陥れるような真似は控えたい、というのが本音だ。
(駄目Da駄目Da絶対……何とかしTe敬語止めさせないTo!)
といっても普段自分の部屋や研究室に閉じこもって、ろくに他人とコミュニケーションを取らない研究員という人種が、
相手の心を開かせる方法などそう簡単に思いつくはずがない。
ただの機械の回路だったら数秒もかからず思いつくことが出来るのだが、生憎と相手はただの機械やロボットではない。
ロボット業界を席巻した最高傑作、ACAしかもXシリーズである。
「Nnn……、Ah!」
それから悩むこと数分、まるで昔のコミックのように、頭の上に電球が点る様子が浮かんだ。
その様子に、付属のベッドに座りハードカバーを読んでいた猪里が顔を上げる。
「どうされたんですか?」
「Oh!猪里、ピノキオっTe話知ってるKaい?」
「ぴの……きお?」
人間が考えるときと同じように眉を寄せて、目線を天井に向けた。
脳内のデータに検索をかけているのだろう。或いはマザーにまで入っている可能性もある。
「俺古典芸能好きでSa、良く読むんだけどNa。昔のアニメ?映画?とかそこらNo」
「古典芸能……アニメーション……映画……」
木彫りの人形が嘘をつくと鼻が伸びていく話だったように思う。
先程見付からなかったのか、もう一度検索をかけているらしく、今度は目線が床を彷徨っていた。
だが検索にかかってもらっても困る。使いたい題材でこれより相応しいと思うものは無く、
しかしどうにも自分の記憶が曖昧で本物は違いそうだからだ。
「データ探さなくていいZeー!De、ピノキオっTe魔法かけられるんだYo」
「まほう?」
「そうマジック!それで人形だったのNi人間になるんだNa」
「……そんな話やったっけ……?」
「良いんだYo!そんでSa、」
まだ探し切れていないのか、否もしかして全ての結果を処理しようとしているのかもしれない。
ここは改良点として書類作成しておこう。いや、そうではなくて。
すうと息を吸い込む。これは少し恥ずかしくて、言うのにはためらいが生じるから、少し落ち着けて。
数瞬目を閉じもう一度深呼吸をしてから、ブラウンの瞳を見据えた。
「―――俺Ga『人間になる魔法』Wo猪里にかけてやるってわKe」
これが、本題。
ああなんてファンタジックで恥ずかしい台詞だろう!けれど、なんとしても敬語だけは止めさせたいから。それぐらいは。
「その魔法は……副棟長の命令、ですか?」
割と長い時間フリーズしていた猪里は、随分疑い深げな口調だった。
疑うというよりは、本当にそれを実行する気だろうかという懸念が浮かんでいるという方が正しい。
「Nnnー……そうだNa。魔法だかRa、命令」
「でも人間になるっていうのは……物理的にありえないのでは」
「感情の話Ni決まってんだRoー」
それはいくら何でも無理だ。生命を生み出すことは、ここまで技術を発展させた現在でも出来ていない。
大体、魔法だの昔話だの出てくる会話に、物理的とかいう考えを持ち出すこと自体がおかしいではないか。
心を持つACAでも、魔法という概念を理解することは難しかったのか。
「んでもってYo、条約第四十七条No人間における主従関係の成立は認めないっていう法Ga当てはまるって訳」
「条約?」
「条約にHa如何なる人間Mo逆らえないだRo」
ちなみにこれは条約第一条一項に書かれている。
百年ほど前に当時の国連加盟国で結ばれた『世界平和協定』には、あらゆる人間に対する差別を認めないという協約がある。
のちに施行された政府条約にもその内容に準じた項目があり、それが第四十七条なのだ。
主従関係の成立は認めないという内容に多少語弊はあるが、大筋に間違いはない。
「……」
「Ah、ここまでGa命令だからNa!」
眉を寄せる猪里に告げる。ここまでが虎鉄大河が『副棟長として命令する』内容だ、と。
魔法にかかったあとは魔法に従えということ。例え偽りの魔法だとしてもロボットだから、命令だから、絶対に実行してくれる。
―――そんな考えに、内心で自嘲の笑みを浮かべる。結局は自分も彼をただの機械としてしか見ていないのだと改めて思い知った。
「命令……なら……」
諦めたように呟く猪里にはっと意識を戻した。
慌てて朧気な記憶の中から魔法をかけるための呪文を探す。見つけた、が、これはピノキオだったか?
「あ、うん、かけるZe!えーTo……チチンプイプイ?アブラカタブラ?…だっけ、そRa!」
誤魔化すように普段使わないペンを手に持ち適当な曲線を描きながら振った。
それは三拍子を刻むタクトのようで、それを見ながら猪里はまるで美しい曲を聴いているかのように目を閉じた。
最後に虎鉄がスッと猪里の顔の前でペンを止めると彼が瞼を開け、困ったような顔で虎鉄を見た。
「―――どう反応すれば?」
「敬語!」
「え……あ、どうすればいい……の?」
ぎこちなく喋り始めた猪里は、やはり抵抗しなかった。
馬鹿馬鹿しいと切り捨てることもしなかった。最も、抵抗することは出来ないよう『命令』を与えていたからだろうが。
首を傾げた猪里に、虎鉄も首を捻る。
「そういえBa猪里っTe言語機能に方言入ってるんだRo?それ、やってYo」
「……え、それは」
「やって欲しいNaーっ、友達からのお願いだZe」
「あー……う、ん」
納得するように頷いた猪里は、調整してるのか少し動きが止まる。
その瞳が床を這うように動いた瞬間に、目の前に手を差し出して、笑った。
「よろしKu」
「―――…」
猪里はその所作に逡巡したのち、意味が解ったのか、おずおずと手を出した。
「……ん。よろしく……っちゃね」
ゆっくりと握った手を強く掴みながら、互いに小さく吹き出した。
「上々かな?」
「何がですKa?」
「観察官の仕事。猪里君とは?」
猪里の観察官になって一週間が過ぎた。
『魔法』をかけたあの日から、ちゃんと猪里は敬語を使わなくなった。その点は命令に絶対服従のACAらしい。
敬語を止めたのだから二人は友達なのだと言えば、最初は戸惑ったようだったがすぐに順応した。
今では結構仲がいいと自負している。
「結構……懐いてくれてるTo思うんですけDo」
「そう良かった。それって結構難しいことなんだよ」
「まだまだっすYo!牛尾サンTo鹿目サンみたいにHaほど遠いでSu」
「長いからね」
そういって軽く笑った牛尾は、手元のスイッチを入れてマイクを持った。
「動作テストを開始する。各員速やかにモニタールームへ」
ガラスの向こうには天井の高い室内が広がっていた。
ここ第二研究室内の実験室では、実に14年ぶりの新シリーズであるRシリーズの動作テストが行われるところだった。
牛尾の声に、プロトタイプのACAが寝かされている台の周りにいた研究員が足早に機械類と共に部屋を出ていく。
二階部分にあるこの司令室からはその様子がよく見えた。
やがて室内には台とその上のACA一体だけになった。
プロトタイプのボディは裸体だが、顔や体には多少の凹凸しか無く、髪や他部位の毛もついていない。
文字通りそれは『原型』でいずれ解体されるため、必要最低限の機能、形状しか持たないのだ。
「"r-04"、聞こえたら右手を挙げなさい」
牛尾がマイク越しに呼びかけると、ACAの右手がゆっくりと挙がった。
「次。台を降りて二歩歩きなさい」
ボディは、今度はすぐに動かなかった。十秒待っても動かない。
コマンドが聞こえていることは確認済みだから、命令を処理する回路が受け付けなかったようだ。
牛尾は少し待つと、再びマイクを入れた。
「上半身を起こし、台を降りなさい」
ボディがゆっくりと起きあがり、台を降りた。
「レーザー照準。目標、寝台」
命令を聴いた途端、ボディは気味が悪いほど急な動作でぐるりと頭だけ90度回転させた。寝台と呼ばれた鋼鉄製の箱に赤い光が映る。
直後、ACAから発されたレーザー砲によって数瞬の内にその箱が消えて無くなった。
スピーカー越しに幾つかの拍手の音が聞こえた。研究員が実験の成功に手を打っているのだ。
「"r-04"のメインスイッチオフ。各員作業に入れ」
パチンとスイッチを落とすと、実験室のボディが俯せに倒れた。
それを確認するとサイドのドアからわらわらと研究員が出てきて、手早くボディを解体し始めた。
牛尾は階下の様子には目もくれず手元の端末を操作する。
「動作には問題ないけど……性能はいまいちだね」
「複数のコマンドHa同時に受け付けないみたいっすNe」
「使い物にならないな、これじゃあ」
溜息を吐きながら司令室の電気を落とし、外に出た。
ドアの側に居た研究員に記録のディスクを渡すと、牛尾は形容しがたい表情を浮かべ、ぽつりと呟く。
「Xシリーズは……やっぱり別格なんだね」
「……そうですNe」
あのボディと彼らとではまるで雲泥の差だ、と思った。
051031.
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