A lot. act.2
蛍光灯のホワイトが目に痛い。
「Ahー……」
ここは何処で私は誰だろう―――なんて愚は侵さない。
俺は虎鉄大河という名前で、ここはラボ内の何処かの部屋。
ツンとする薬品の匂いが漂う部屋ときたら医務室かもしれないが、まだ判らない。
薬品の匂いなんてこのラボではそこらに漂っていてどこの部屋かは断定出来ないからだ。
「あら。お目覚めになりましたよ、棟長」
―――でもどうやら本当に医務室らしい。
視界に入ってきたショートカットの女性は、第一研究棟の女医だ。美人だが処置が荒いことで有名な。
水でも如何ですかという彼女の言葉を断って、彼女の後ろから覗き込んできた男に話しかける。
「お早う御座いマSu……牛尾サン」
「まだ朝の4時だよ。お早うにはまだ少し早い時間だ」
「ああ……4時……」
やっぱり深夜だったようだ。倒れてからそれほど経ってないだろう。
牛尾御門は相変わらずきっちりとスーツと白衣を着こなしていた。深夜にも関わらず仕事をしていた証だ。
ただ彼の場合、役職柄そうそう休むことも出来ないのだろうが。
「De、ナンだってこんな時間Ni棟長自らここHe?」
そうして牛尾が浮かべた苦笑気味の表情に、少しばかり嫌な予感を感じた。
でも仕方がない。役職柄、こういうことに巻き込まれるのも慣れっこだ。
「ああちょっと捜しものがあってね……君も協力してくれるかい?」
「捜しモノ……Neェ……」
迷惑なことに嫌な予感は当たってしまった。牛尾の言葉は問いの形を取っているが、実質自分に拒否できる権利はない。
これも役職柄、というやつのひとつだ。そしてこういう時の『頼み事』は、大抵これだけでは終わらない。
「ACAが一体、研究室から脱走しちゃって」
「ACAが脱走……?」
「脱走といってもそう大した話じゃ無いんだけど……『Xシリーズ』だから壊すことが出来なくて」
これほど冗談であって欲しいと思ったことは今までに無い。
軍事機密のACAが、それもXシリーズが脱走だなんて、ジョークで有ればどんなに面白いか!
「……牛尾サン冗談っすよNe?」
「残念ながら事実さ」
澄まし顔で肩を竦める牛尾のとどめの言葉に、無いに等しかった光明が消え、がっくりと肩を落とす。
牛尾は嘘をつかないことを信条としているそうだ。まあこの状況で嘘をつく方が珍しいが、牛尾は普段から嘘をつかない。
つまりこれは本当の本当に事実、という話。
「Ahh……そういえば今更なんすけDo」
「うん?」
「俺、Xシリーズ見たこと無いんすYo」
「……そうなのかい?」
これには牛尾も驚いたようだった。
Xシリーズを見たことがないといっても、ACAの中でも最高傑作のXシリーズは本当に人間と見た目は変わらないため、
通路の何処かで一度や二度は出会ったことがあるかもしれない。ただ正式に会ったことが一度も無いというだけ。
「じゃあ……ちょうど良いんじゃないかなあ。初のご対面ということで」
「……強制参加決定ですKa……」
「立場的にも逃げようが無いからね、仕方ないんだよ」
そう。自慢するわけじゃないが、俺はこの第一研究棟の副棟長だったりする。
棟長不在時の司令権は勿論、研究室の管理権も常時二つ持っている程、凄い地位。らしい。
あまり自分でも実感は湧かないのだが。
この研究所に限らず、今どこの国も完全実力主義をとっている。
凄い能力を持っているならば例え新入りでもトップの座に就けるのだ。
有難いことに、その主義のお陰で入所二年目にして研究室長。三年目に副棟長の地位を授かったというわけだ。
「それじゃあそのACAの特徴を言うから、すぐに探してくれると」
「―――棟長ッ!」
「医務室で叫ばないでくださいね」
女医にやんわりと注意を受けた研究員は、我に返ったかのように脚を止め、牛尾にびしりと敬礼をした。
ここは名目上軍事施設なため、挨拶は敬礼の形をとっている。
同じように敬礼を返した牛尾は、対外用の笑みを浮かべて飛び込んできた研究員に問いかける。
「どうしたんだい?」
「逃走中のX-7を第四研究室付近で捕縛しました!」
その場の、いや研究所内全ての人にとっての朗報が舞い込む。
探す手間が省けたのは嬉しいが、結局は第四研究室まで赴かねばならないのだから、喜びは半減だ。
医務室から第四研究室は、とても遠い。
「ああ、手が省けたね。彼は今どこに?」
「第四研究室にて監視中であります。尋問は第一研究室で行いますか?」
「いや、そこで良い。虎鉄君、いいね?」
「平気ですYo」
おざなりに返答し、頭を軽く降って起きあがる。躰も頭も痛まなかった。
そのACAに対する興味が無かったわけではないが、最初は特別見たいわけでもなかった。
第五セクションのエレベータに乗り込んで、長い間横に移動したり上に移動したのち、ようやくエレベータのドアが開いた。
目の前には上半分が強化ガラスになっている壁が広がり、第四研究室の様子が見えるようになっていた。
しかし中を窺うも、件のACAは見当たらない。
「ああ、軟禁中だといっていたから、奥の耐熱室に居るんだろう」
何度も室内に視線を送っていることに気付いたのか、牛尾が疑問に答えてくれた。
耐熱室は文字通り耐熱合金で囲まれた実験用の部屋で、およそ1500度の炎や10トンの爆発にも耐えられる。
あらゆる殺傷兵器を備えたACAを捕らえておくには、それ程の強度が無くては危険ということだ。
だが研究所にいるXシリーズ以外のACAは温厚で危険も少なく、だからここまで厳戒する理由が解らなかった。
「そこまDe……厳重NiしなくたっTe……」
そう言った途端、先導している警備員が肩を震わせたことに気が付いた。
同じようにそれを横目で確認した牛尾が、顔を近づけてきて、随分と潜めた声で囁く。
「―――僕らはそうでも無いけど、大抵の人間にとってACAは恐怖の対象なんだよ」
「不用意なことHa口にするなってことですKa?」
「……不特定多数の前ではね」
そう言って牛尾が元の位置に戻ったあと、研究室の入り口に辿り着いた。
警備員がカードキーを差し込むと、短い機械音が三回鳴ってからガラス張りのドアが開いた。
牛尾の後ろをついて広い室内を突き進む。どうやら警備員は入り口までしか随伴しないようだった。
「いい?開けるよ」
「E、あっ、はい。どーZo」
耐熱室のインターフォンを一度鳴らし牛尾が自分の名を名乗ると、ドアがスライドを始めた。
そのときはドアがスライドする速度がやけにゆっくりだと思ったことを覚えている。
開ききり中の光が漏れてきて、それに照らされるものを見て、思わず目を見開いた。
「―――、」
言うなれば、一目惚れだ。
051004.
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