a piacere(070722)








「―――で、こんなところにわざわざ呼び出して何の用だ?」

 手ずからティーセットを運んで来た屋敷の主に対して不機嫌もあらわにプロイセンはそう言い放った。 それに反応したのは彼にちらりと視線を向けるだけのオーストリアではなく共にトレーを抱えて入ってきたハンガリーで、 彼女はガンッと勢いよくそれを叩きつけるようにローテーブルに置くと発言主を向いて腰に手を当ててみせた。 (それはいかにも「私は憤慨しています!」というポーズで。)
「もう!オーストリアさんに向かってなんて言いようなの!」
「当然の権利だろう!それとも俺には用向きさえ問い質す資格もないと!?この忙しい中呼び出されて!」
「そんなこと言ってないじゃない!もっと優しい言い方が出来ないのって言ってるのよ!」
「ふん、余計なお世話だ!」
「ふたりとももう少し穏やかになー」
 ハンガリーと立ち上がって彼女に詰め寄ったプロイセンの血気盛んに吠え合っている様を眺め、 プロイセンと同じように部屋で待っていたスペインは悠々と運ばれてきたカップを傾けながら、 牽制の意味合いを欠片も含まない声音で口を挟んだ。同じく喧騒を脇にしたまま、オーストリアも慣れたとばかりに もくもくと配膳を続けている。
 二人にとって、いや既にそれは四人にとって見慣れた(或いはやり慣れた)光景だった。 四人集まれば毎回このようになるものだから、彼女たちのそれは一種の挨拶のようなものだと理解して スペインとオーストリアは早々に傍観の体を取っている。果たしてネタが尽きたのか肩を揺らしながら押し黙った二人に 彼らはチェアとカップを勧めるのだった。そうしてハンガリーとプロイセンが大人しくソファに腰を落とし、 喧々囂々と喚き合っていた先までとは異なる洗練された手つきでカップを傾ける、これもいつものこと。
 カタン、と軽い音を立てて誰かのカップが置かれたのを聴きながらようやっとオーストリアは最初の問いへの答えを出した。

「カルテットをやろうと思いまして」

「……ああ、だから四人か」
 オーストリアの言葉に半ば予想通りというように頷いたプロイセンはちらりと己の手指に視線を向ける。 (楽器を扱う者の最低限のマナーとして当然きちんと彼の爪は整えられていた。) 彼はくるりと一度それを返すと再びカップに向けて延ばした。
「非常に癪に障りますがまあこれでも貴方の腕は認めているんです。使わない手はありません」
「それはどーも」
 半眼で応えたプロイセンはカップをソーサーに戻しながらブツブツと、 楽器を持ってくればよかったとかそもそも呼び出す際にそれをなんで言わないんだとか、 要約すればそんな感じの文句を一通り呟いてから顔を上げた。
「で、今回は誰が何をやるんだ。言っておくがチェロなど問題外だぞ」
「あ、チェロは俺なー」
 手を挙げたスペインがヴァイオリンかて興味はあるんやけどな、と苦笑しながら零したのに全くだと 言わんばかりに大いに頷いたオーストリアが続ける。
「好い加減練習したらどうです?スペインにでも教えを請えばいいでしょう」
「せやなあ、プロイセンのチェロは俺も聴いてみたいなあ」
「……見え見えの世辞になんか引っかからないぞ」
「あれ、ふられてしもた」
 低い音が心地良いのになあ、まだ言うか、幾らでも言いますよ、そんな三人の穏やかな応酬に 敢えて加わらなかったハンガリーは密やかに笑みを零すと、 その調子の抜けない明るい声音のままスペインと同じように挙手した。
「じゃあ私は順当にヴィオラかしら」
「ハンガリー、いいのですか?」
 ヴァイオリンの方が好きでしょうにと不思議そうに首を傾げたオーストリアに対して、 ハンガリーは頬を僅か染めながらとんでもない!とばかりにパタパタと忙しなく両手を振った。
「私はオーストリアさんのヴァイオリンと出来るほど上手くないですから! ―――というわけでプロイセン!少しでも外したら赦さないわよ……!」
 後半は勢いよく立ち上がって顔を横に向けぴしりと人差し指を突き付けながら、プロイセンに鼻息荒く言い放った。
「指差すな。それにそこまで言うならお前がヴァイオリンにすれば……」
「女に二言はありませんっ」
「……わかったよ」
 そう強く言い切った彼女にプロイセンは酷く億劫そうに息を吐く。 満足したようにソファに再び腰を下ろしたハンガリーを見遣ったオーストリアが手元の皿にフォークを戻し、 残り少なくなったカップを持ち上げながら同じようにカップを傾けるプロイセンに向かって口を開く。
「では私とプロイセンでヴァイオリンですね。第一と第二どちらがいいですか」
「どっちでも。お前の好きにしたらいい」
「では私は第二で。派手好きな貴方には主旋律がお似合いですから」
 そう言ってカップに口をつけたオーストリアに片眉だけ器用に上げてみせたプロイセンは、 もう何度目かわからない深い溜息を吐いてぐったりと頭を垂れた。
「わかった、わかったからおまえら一々一言多いんだよ……」
「どういたしまして」
「褒めてねーよ」

 決まったなら早速、と全員立ち上がりティールームに繋がるサロンに足を踏み入れた。 既に用意されていた四つのケースと譜面台に向かいそれぞれに割り振られた楽器を手に取ると迷いなく準備を始める。 暫く続いた沈黙と作業音だけの空間を割ったのはスペインの零した独り言のような言葉だった。
「ここにトランペットがいたらもちっと華やかになるんやけどなー」
 水上の音楽とか楽しそうやんかなあそう思わへん? キラキラと目を輝かせながら言う彼に オーストリアはそうですね今度はそうしましょうか、でも今日はカルテットです、とにべもなく彼の意見を切り捨てた。 提言したスペインもよもや今叶うとは思っていなかったのだろう、今度できるならええよ、 と大人しく作業に戻る。入れ代わりに手早く準備を終えていたオーストリアが棚から取り出した 何枚かのスコアを四つの譜面台に置いていった。
「手慣らしにモーツァルトのセレナーデ十三番でも」
「手慣らしにとはまたとんだ皮肉だな」
「おや、出来ませんか?」
「いいや?―――無駄口叩いてないで、始めるぞ」
 プロイセンは素っ気なく開始を告げると丁寧にAの音を弾いた。 添うように低い音域の同じ音が暫く重なればそれらはゆるやかに様々な音に分離していき、やがて消えた。 そして呼吸の音さえ聞こえそうな一瞬の静寂を空けて、今度はスコアの始めの音を高らかに奏でた。










(モーツァルトのセレナーデ第十三番=アイネ・クライネ・ナハトムジーク)