手向けの花
 ※配役は12巻参照。大塚は信乃の故郷。







 果たして大塚の傍までやってきた三人は、金剛寺の庫裏に宿を取った。
「俺は里人に顔を知られてるから夜中にしか歩けない。で、今夜は頼久を案内するから友雅は残ってろ」
 此処に訪れたのは七日の参籠のためということになっているから、部屋に誰も居ないのは怪しまれる。 今夜出てしまえば天真は籠もって、後は頼久が友雅を連れて行けば良い。理解して二人も肯く。
 天真と頼久は寺僧に悟られないようそっと出ると、二十町離れた大塚の地へ急いだ。夜は深く夜目も利かないが、 鍛えた二人なら大して労せずに着くことが出来た。
 村長の屋敷を始め幾つかの家を回った。朽ちて久しい空き家を前に、天真は呟く。
「此処が、糠助おじさんの家だ」
「そうか……親の面影など、夢にも見ることは無かった」
 頼久は沸き上がる何かを抑えるように瞳を閉じて黙した。 今まで語らなかった糠助とのたわいない記憶を幾つか天真が話せば、その度に短く相槌を入れて聴き入った。
「お前は、やっぱりあの人に似てるよ」
「そう言ってくれるのは、嬉しい」
 頼久は嬉しそうに、しかし哀しそうに微笑った。
 それから天真の親の墓所に参詣した。里人に大層慕われていた父母の墓には新しい水と花があった。 天真は膝をついて短く近況を伝えると、手を合わせる。頼久も同じように手を合わせているのを目にして小さく謝辞を述べた。
 少し歩いて、糠助の墓に向かう。香華料を寄進させたからか、ちゃんと花と水があった。 先と同じ流れを終えて瞼を上げれば、愁眉をきつく寄せて瞑目する頼久が居た。泣きそうだと思ったが彼は泣かなかった。
「……私は父も母も知らない」
 唐突に口を開いた男に、天真は驚かず顔を向けた。
「だが父を知る者が居たのは幸いだ。それがお前で良かったと、私は思う」
「そうだな」
 彼の言葉の真意は解らなかったが、浮かんできた言葉は嘘偽り無いものだと思い素直に口にした。
「俺も、知るのが俺で良かったと思ってる」
 きっとそれは独占欲という名を持つのだ。

















060801
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